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備忘録1 生きにくさの根っこ  作者: 小日向冬子
わたしを形作るもの
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みんないなくなればいい

 子どもの頃、ひとりで留守番をしているときに、いつも夢見ていた。


 ――事故にでもあって、家族全員、死んでしまわないかな。


 天涯孤独の身の上になりたかった。


 もちろん今は、そう願うこと自体が、どれほど失礼で甘ったれたことなのかわかっている。


 でもその当時のわたしにとっては、家族を失うことが唯一、自分らしく生きることができる道に思えたのだった。



 明治生まれの祖父と、癇性の母の支配が行き届く家の中。


 子どもたちに求められたのは、「規律」と「節制」と「従順」。


 毎晩のように母と祖父が言い争い、父はそれを苦々しげに睨む。


 子どもたちは息を殺す。


 あの頃わたしは、いったい何を感じて生きていたのだろう。




 先日、ふと姉に聞いてみた。


「わたしって赤ん坊の頃どんなだったの?」


 が、驚いたことに姉は、まったく覚えていないと言う。


 五つの女の子が、生まれたばかりの妹に興味がなかったというのか。

 それともあの家の空気が、それを許さなかったのか。


 放っておかれる赤ん坊。

 その光景が、目に浮かぶ。


 朝から晩まで農作業に追われ、笑顔を向ける余裕もないままに、ただ合間にせわしなく乳を飲ませ、オムツを替える母。いらだつ舅に、まだかまだかと急かされながら。


 時に田んぼのあぜ道で、赤ん坊のわたしは放置され、空を見て泣いていたに違いない。

 乳でなくオムツでなく、温かいものを与えてくれる誰かを待ちながら。



 食べ物を与えれば、体は育っていく。

 服や物を与えれば、生活はしていける。

 けれど心は、心を注いでもらうことでしか育たない。


 少なくともわたしはずっとあの家で、心が温かいもので満たされる瞬間を求め続けていた。


 誰か、こっちを見て、笑って。

 誰か、わたしに語りかけて。

 誰か、わたしのことが大切だと言って、そして抱きしめて。



 今ならわかる。

 両親の置かれていた状況も、余裕のなさも。

 愛情がなかったわけでは、決してないということも。


 それでも。


 気がつくと、成長した私は、がらんどうの空き家になってた。

 心には、誰も住んでいなかった。

 どうやって招き入れたらいいのか、誰も教えてくれなかった。



 幸い、その後の紆余曲折を経て、失いたくない相手を得ることができた。


 けれど今でも、信じられないような事件が報道されるたびに思ってしまうのだ。

 きっと彼らの中には、誰も住んでいないのだ、と。

 あのときのわたしのように。

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