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備忘録1 生きにくさの根っこ  作者: 小日向冬子
トンネルの先に待っていたもの
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教会生活

 19歳の春、確たるものなど何もないままに、わたしはカルト教団に足を踏み入れた。

 蓋を開けてみれば、森田たちが暮らす寮自体が教団のアジトだった。そうと知らずにわたしは、すでにその世界にしっかりと片足を突っ込んでしまっていたわけだ。 



 教会の朝は早い。毎朝6時には寮生全員が身支度を整えて集まり、神と教祖に祈りを捧げる。


 祈りのあとに開かれるミーティングでは、その日の予定をすべて班長に報告しなければならなかった。教会内にはいくつかの班があり、授業以外の時間はすべて班ごとの奉仕や祈りや伝道活動にあてられるのだ。自由な時間は、ほぼないに等しかった。

 時間だけではない。自分のためにお金を使うことも、教会では悪とされた。つまりは教会の活動以外に個人的な趣味を持つことも、好きな服を買うことも、いや、ハンカチ1枚買うことさえも許されないのだ。

 家からの仕送りはすべて献金することになっており、授業に使うノートを買うのにもいちいち許可を得て、改めてお金をもらわなければならなった。動機が自己中心的だと判断されれば、もちろん許可は下りない。なので教会に入ってからは、毎日財布を持ち歩く習慣がなくなった。


 食事は当番制で、使える食費は1人当たり1日100円。奇しくも、小学生の時のいじめに使われていたフレーズそのものだ。

 朝は、近所のパン屋で買う1袋30円の切り落とし。昼も夜も、もやしや豆腐などの安い食材を使った料理が1品だけの質素な食事。

 お金がなくても、心を込め祈りを込めて食事を作る。

 与えられたものを感謝していただく。

 それが信仰だと教えられ、皆黙ってそれを受け入れた。

 月に一度、実家に仕送りをもらいに帰っていたわたしは、ときおり欲望に負けて、帰りがけにこっそりと安い服を買ってみたり、ひとりで食事をしたりした。

 そんな自分が、とても欲深い弱い人間に思えてならなかった。


 風呂に入れるのは、週に2日だけだった。その日はワンボックスカーで、学生割引のある銭湯に連れて行かれる。

 風呂のない日は寮の浴室で、震えながら冷たい水を浴びて身を清めた。



 が、そういった貧しさや不便さよりも致命的だったと今思うのは、新聞や本やテレビや音楽といった、あらゆる情報が遮断されたことだった。

 教会の教えでは、俗世間に溢れているのは何もかもが悪魔のもので、それに接していると引きずられるという理由で、触れること自体を禁止されていたのだ。

 目にしていいのは教会で発行する新聞や書籍、聞いていいのは教会のオリジナルソング、または教会のものではないけれど善なる性質が強いと思われる、ごく一部のものだけ。

 そんな生活が、5年以上も続いた。


 今でも、その時期に流行った歌謡曲や売れていた芸能人、社会現象などまったくわからない。

 のちに教会を離れて一般社会に戻ろうとしたときに、そのことは大きな障害となった。



 どうしてそんな生活を、自分は続けていられたのだろう。


 不思議なことに、こうして当時の生活を書き綴ってみても、そのとき自分が何を感じていたのかがよく思いだせない。


 時が経ち過ぎたせいなのだろうか。

 それともわたしはこのときもずっと、感情を殺していたのだろうか。


 ぼんやりと霞んでしまったあの頃の自分に出会えることを期待しつつ、しばらくの間、ひとつひとつの出来事をじっくりと綴っていきたいと思う。

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