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備忘録1 生きにくさの根っこ  作者: 小日向冬子
トンネルの先に待っていたもの
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カルト教団

わたしは、20代の大半を、あるカルト教団の中で過ごしてきました。

この後しばらくは、そのときの話になります。

が、これを書く目的が、決してその教団を糾弾することではなく、自分がなぜそこに入り、そして抜け出すことができなかったのか、何を得て何を失ったのかを確認するためのものであることをご了承ください。

 森田に勧められ、連休を使って参加した合宿には、いろんな大学からたくさんの学生が参加していた。

 レクリエーションや食事をはさみながらほぼ一日中行われる、講義形式の勉強会。なぜかそこには、「神」という言葉が頻繁に出てきた。


 たぶん多くの人がそのことに違和感を持つのだろう。黒ぶち眼鏡にスーツ姿の講師が、何気ない口ぶりですかさずフォローする。

「日本人は宗教というと抵抗がある人が多いですが、海外では無宗教だというほうが奇異な目で見られるんですよ」

 そんなものかと思いながらも、聖書を使った内容は現実とかけ離れたおとぎ話のようにしか思えず、わたしはひどく懐疑的になりながら講義を聞き続けた。


 そうするうちに、息抜きのちょっとした雑談で講師が、

「この中でタバコを吸ったことある人は?」

 と問いかけた。参加者のほとんどが大学1年、つまり未成年だ。

 しーんと静まりかえる中、わたしが悪びれることもなく手を挙げると、講師は面白そうに、

「君は、不良娘だな!」

 と笑った。

 その後はことあるごとに「おい、不良娘!」と声をかけられた。

 おそらく、憮然とした顔で負のオーラをばらまいているわたしのようなタイプは、普通に褒められるよりもそうやって構われるほうが嬉しいと、その講師は見抜いていたのだろう。


 だがその一方で、何かにつけ批判的なわたしの言動は、ことごとく否定された。

「まず、信じてみることだ。疑うことからは何も始まらないよ」

 スタッフからも、何度となくそう諭された。

 が、そう言われても、何も心に響かないものを受け入れるなんて、できるわけがない。


 いや、厳密に言えばただひとつだけ、心に残ったことがあった。

 それは、「神は親」という言葉だった。


 神の愛とはすなわち無条件の親の愛である。人間が自身の限界を超えた時、初めてそれに出会うことができるのだ。

 講師は熱くそう語った。


 神の愛。

 本当にそんなものがあったなら、自分の心にぽっかりあいたこの空洞も埋めてくれるだろうか。

 ぼんやりとそんなことを思いながら、ホワイトボードに大きく書かれたその文字を醒めた目で見つめていた。



 なんとなく、そんな予感はしていた。

 最終日、残り時間もあとわずかというところになって、いくらか緊張した面持ちの講師が、ある人物の名を明かしたのだ。

 今まで学んだ内容はその人物が考えたもので、ここは、その人を教祖とする宗教団体なのだと。


 それは、なにかとよくない噂のあるカルト教団だった。


 真っ青になって騙されたと怒る学生もいた。

 が、わたしにとってはそんなことはどうでもよかった。噂など、本当かどうかなどわからない。それよりも重要なのは、今まで聞いてきたその教義が、どうにもピンとこないということだった。



 講義が全部終わると、学生たちはそれぞれが何人ものスタッフに囲まれて、その教団に入ることを勧めらた。

 わたしの元にも森田ともう一人の女性がやってきて、熱心に説得し始めた。


「いや、この教えが正しいとは思えないんで」

 そう言って断ると、彼女たちは真っ直ぐこちらを見つめて、

「じゃあ、間違ってると断言できる?」

 と真剣な顔で詰め寄ってきた。

「いえ、断言とまでは・・・」

 気圧され、思わず口ごもるわたし。

 畳みかけるように森田は言った。

「じゃあ、正しいか正しくないか、はっきりするまで、確かめてみるべきじゃないの?」


 そう言われ、ことばに詰まった。

 確かにそうかもしれない。


 今思えばたぶん彼女たちは、わたしが頑固なようでいて実は相手にひきずられやすいということを、ちゃんとわかっていたに違いない。


 それにそのとき、ふと思ってしまったのだ。

 もしかして神の愛に出会えれば、この寂しさから解放されるかもしれない、と。


 ことによると、何の確証もないそんな希望にすがろうとしてしまうくらい親の愛に飢えていることも、全部見抜かれていたのかもしれない。



 とにかく、正しいか正しくないか、はっきりするまでやってみよう。

 そう決意したわたしは、合宿から帰るとすぐさま、男に何も告げないままに借りていたアパートを引き払った。


 そうして、長きにわたるわたしの信仰生活の幕は、切って落とされたのだった。

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