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備忘録1 生きにくさの根っこ  作者: 小日向冬子
トンネルの先に待っていたもの
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自由からの逃走

 小学生の時に、初めてプチ家出をした。

「漫画家になる!」なんていう子どもらしいただの夢を、母が真に受け、本気で潰しにかかったからだ。


「絶対ダメだ!」

「絶対なってやる!」


 小学生の子どもにとって、親の権力は絶大で。

 プチ家出にハンガーストライキ、自我をつぶされないためには、子どもなりの全力で抵抗するしかなかった。


 長じるにつれ、あからさまな反抗こそしなくなったけれど、それでも密かに思い続けていた。

 こんな家。

 こんな親。

 いつか絶対、自由になってやる。



 大学生活も2年目に入ろうとしたとき、わたしはとうとうそれを実行に移した。

 2年になれば授業数も増える。往復5時間を通学にとられるのはきついし、交通費だってバカにならない、その分アルバイトをすれば仕送りも少なくてすむ、と理詰めで訴えた。自分的には、メンタルの不安定さも家を出てストレスがなくなればよくなる気がしていた。

 激しい攻防を繰り返した末、キャンパスにほど近い小さなアパートを借りることになった。小さなケーキ屋さんの2階の、お風呂もついてない4畳半一間。

 それでも、ここから自分の本当の人生が始まると思うと、胸が高鳴った。もう何をしても、親にうるさく言われることはないのだ。




 春休みの一日、荷造りを終えると、父の運転する小さな軽トラの助手席に乗り込んだ。ろくに服も持っていないわたしの引っ越し荷物はとても少なくて、業者を頼むまでもなかった。


 2人とも決して口数の多いほうではない。ぎくしゃくと気まずい沈黙のうちに、2時間ほどの道のりを走った。


 アパートの前に車を止めると、父は黙々とこたつやカラーボックスや段ボールを運び込んだ。狭い部屋は、あっという間にいっぱいになった。


「あとは、大丈夫だな」

「うん」


 何がどう大丈夫なのかよくわからなかったが、そう答えた。

 ありがとう、と言おうとしたけれど、なぜだかその言葉はのどにぺったりと張り付いて、うまく声にならなかった。


 父は黙ったまま、少しうつむき加減で部屋を出ていった。

 パタン、とドアが閉まり、足音が遠ざかっていく。


 段ボールと一緒に自分ひとりだけが、ポカーンと四角い空間に取り残された。


 と、突然体が震えだした。

 腹の底から不意にわき上がってきた、言いようのない感情。


 気がつくとわたしは、引っ越し荷物に囲まれて、肩を震わせながら激しく嗚咽していた。

 いくら押さえつけようとしても、声も震えも涙も止まらなかった。


 やっと自由になれると、せいせいすると思ってたはずなのに。


 寂しくて、そして無性に悔しかった。

 大嫌いだと言いながら、結局は家族に依っていたちっぽけな自分。

 何の武器も持たないままで突然荒野にポーンと放り出されたような心細さに、全身が締め付けられていく。



 ひとりだ、わたしはもう、本当にひとりぼっちなんだ――――。


 いつ何をしても、いや、何をしなくてもかまわない。

 すべてが自分の選択にかかっている。

 誰も助けてくれないし、誰のせいにもできはしない。

 そんな当たり前のことが、初めて身に沁みて感じられた。


 ぶるっと寒気がした。


 ――――このまま、逃げ出してしまいたい。


 あんなに欲しかった自由が、これほど重く、恐ろしいものだとは。


 荷物だけが散乱した形のない部屋で、初めて味わう人生の姿に、わたしはただ圧倒されて泣き続けた。

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