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備忘録1 生きにくさの根っこ  作者: 小日向冬子
トンネルの先に待っていたもの
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神経症的キャンパスライフ

 10代の頃のわたしは、意味のない多くのこだわりに縛られながら生活していた。

 自分でもどうすることもできなかったそれらは、多分に病的であった、と思う。


 たとえば、階段は必ず左足から昇らねばならない。

 うっかり一歩目を右足にしてしまおうものならば、「今のは、なし!」と心の中で叫びながら、わざわざ階段を下り、改めて右足から力いっぱいに踏み出す。


 たとえば、ときおり頭の中に浮かんでくる三色の紐。

 それを三つ編みにしていくようすを、ひとつずつイメージしなければ気が済まない。途中で紐が緩んだら、頭の中できゅっと締め直す。そうやってきちんと最後まで編み切らないと、不安で落ち着かなくなる。


 四角いものは、きっちり平行になっていなければいけなかった。

 ノートも筆箱も、机にまっすぐに置かねばならない。

 こたつ布団も然り。だから、こたつに出入りするたびに、時間をかけて布団をきれいに広げ直した。

 文字はできるだけ四角く書いた。当時のノートを見ると、平行四辺形の文字がずらりと並んでいて、実に気持ちが悪い。


 きちんとしていると気持ちがいい、なんていう前向きな話ではない。

 秩序が乱れてしまうことが、不安でたまらないのだ。



 また、対人恐怖的な症状も出ていた。

 大学は、電車とバスを乗り継いで片道2時間半かかるのだが、電車に乗ると、どこにいればいいのかわからない。

 ドアの近くにいると、乗り降りする人の邪魔になる。かと言って、奥で吊革につかまっていると、隣の人に近すぎる気がする。どこにいても誰かの邪魔になる気がして落ち着かず、やたらおどおどしてしまう。そんな自分を、みんなが奇異な目で見ているんじゃないかと思うと、ますます不安になって胸が苦しくなる。


 道を歩いていても、視線をどこにやっていいかわからない。

 すれ違う人と目が合うと、変に思われるんじゃないか。かといって、わざわざ目をそらすのも不自然な気がする。

 あれこれ迷いながら歩いているうちに、うまくすれ違えず誰かにぶつかってしまう。「ご、ごめんなさい」と頭を下げて謝った拍子に、また別の人にぶつかってますますうろたえる――――。



 同い年のクラスメートたちが、みな堂々とした大人に見えた。きれいで、強くて、自信にあふれている。

 その中で自分だけが、いつも幼稚で頼りなく、おろおろと周囲の顔色をうかがってばかりいた。

 大学の講義もさっぱりわからない。なのにみんなは、理解するだけでなく独自の考えを持ち、自分の言葉で議論を戦わせていた。

 自分が得意だったのはただの「お勉強」であって、本当の意味での賢さなど持ち合わせていなかったのだと、このときはっきり思い知らされた。

 わたしはますます自信を失い、焦り、挙動不審になっていった。



 もし今、目の前にこんな女子学生がいたら、わたしは迷わず「病院に行こう?」と言うだろう。いや、当時のわたしだって、自分の症状が強迫神経症のそれにとても近いという認識はあった。けれど精神科にかかるということは、「お前の人生は、もう終わりだ」と言われるも同然に思えたのだ。

 社会的にもまだまだそういう風潮が強い時代だったし、何より自分の親はそんなことを受け入れるわけがないという強い確信があった。

 だから、そんな状態にも関わらず、わたしは必死に普通の生活をしようともがき続けた。


 不安定な心と闘いながら、平日は往復5時間かけて通学し、土日は飲食店でぎっしりバイトをした。

 とにかく、どうにかして、こんな自分から抜けだしたい一心だった。


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