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備忘録1 生きにくさの根っこ  作者: 小日向冬子
思春期のトンネルへ
19/60

ギアチェンジ

 ぼんやりとした気だるさに身を任せたまま、過ぎていく高校生活。

 家と学校を往復しながら、こっそりと穴のあいた風船みたいに、どんどん力が漏れていく。


 だるい。

 しんどい。

 面倒くさい。





 もう、がんばれない。






 入学時には上位だった成績は、みるみるうちに下がっていった。

 部活では、暗くて可愛げのない態度が反感を買ったのか、先輩にいじめられるようになった。


 ここまでか。

 そんな自虐的な気分が、さらに自分を追い詰めていく。



 何のために生きているのかわからない。

 そう言いながら、本当はただ面倒なことから逃げているだけなんじゃないか。

 逃げて、逃げて、このままでは本当に死ぬしかなくなる、そんな恐怖感。


 心がどんどん堕ちていく。

 わかっているのに、それを止められない。

 不安と、焦りと、虚しさにまみれながら、1年が過ぎた。






 2年生になってしばらくすると、「進路希望調査票」なるものが配られた。


 わかっている。

 将来に希望を感じていようがいまいが、生き続けている限り、いずれは行くべき道を決めなければならないのだ。


 どっちにしろ、こんな自分が、社会に出てやっていけるとは、とても思えない。

 想像するだけで、身がすくんだ。


 ならば、進学するしかない。


 でも、いったいどこに?



 わたしは進路指導室に通い詰め、手当たり次第に資料を調べはじめた。

 自分にも与えられているかもしれない、わずかな可能性を探すために。



 やがて、妙に気になり始めたものがあった。


 心理学。


 そうだ、心を扱う学問なら。

 わたしが探している答えが、そこにあるかもしれない。


 どうして、得体の知れぬ生きにくさが、こうもついて回るのか。

 どうして、他人ともこの世界とも、うまく折り合いをつけられないのか。

 どうして、わたしの心は、生きることを苦痛としか感じられないのか。


 もしそれがわかったら――――生きる道が、見つかるかもしれない。


 真っ暗だった胸の奥に、ほんのかすかな希望の光が灯ったような気がした。






 今思えばその頃、中途半端なレベルの女子高の、ぬるま湯のような雰囲気の中で、クラスメートたちも大なり小なり似たような状態に陥っていたのかもしれない。


 ある日のHRの時間、だらけたようすでおしゃべりを続ける生徒たちを前に、普段は穏やかで口数の少ない担任が、突然こう言い出したからだ。


「おまえら、本当にそのままでいいのか?」


 いつもと違う張りつめた空気に、教室内が一瞬でしん、と静まり返った。

 先生の口元は、かすかに震えていた。


「一度くらい、何かをとことん限界までやってみろ。逃げないで真正面から立ち向かってみろよ。この時は、もう二度とこないんだぞ。こうやって中途半端に過ごした時間は、あとで後悔しても、もう取り戻せないんだ!」


 その真剣さに気圧され、誰一人身動きすらできなかった。

 いつもだったら、鼻で笑って聞き流すような臭いセリフが、ひとつひとつ鋭く胸に突き刺さっていく。



 中途半端。

 あとで後悔する。

 とことん限界まで。



 早鐘を打つような胸の鼓動が聞こえる。


 わかってる。


 ずっと、逃げてきた。

 苦しいことから逃げるために、最後は死ねばいいって、そう思い続けてた。


 でも、いつか、逃げられなくなるときがくる。


 本当は、それが怖くてたまらないくせに、気づかないフリしてたんだ。



 それなら、試してみるべきじゃないのか?

 逃げられないところまで、追い詰められる前に。

 とことんやってみて、それでもし本当に駄目だったら、

 そのとき、あきらめればいいじゃないか。


 けれど次の瞬間、別の声が聞こえてきた。


 いいじゃないか、このままで。

 聞かなかったことにしちゃえ。

 どうせおまえになんか、無理なんだから。

 今までも、そうしてきたじゃないか



 自虐的な甘さを含むそのささやきに、ふらっと傾きそうになる。

 二つの声の狭間で、くらくらと歪む足元。


 でも。

 ここでまた、顔を背けてしまったら、あの虚しい日々が繰り返されるだけ。

 砂を噛むような果てしない灰色の時間。


 本当は――――そんなの、もう嫌なんだ。



 息が荒くなっていく。

 体が震えだしそうだ。


 わかってる、今しかない。

 ここでまた逃げたら、本当におしまいなんだ。


 もう、覚悟を決めなきゃ。


 わたしは祈るようにきつく目を閉じると、ぐっと奥歯を噛み締めて、肩で大きく息をした。






 漫然と拡散していた光が、焦点を定めていく。

 軽い興奮で、心臓が脈打っていた。



 ゆっくりと、自分自身に言い聞かせる。



 やるだけやってみよう、どんなに苦しくても。


 すべては、それからだ。

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