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備忘録1 生きにくさの根っこ  作者: 小日向冬子
思春期のトンネルへ
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帰りたい

 鬱々とした精神状態のままに、わたしは高校生になった。



 バッジのついた真新しい制服に袖を通しながら、ひとつだけ、心に決めたことがある。

 それは――友達を作らないこと。



 親友のマリコは、私立のお嬢様学校へ進学した。

 わたしは、地元の女子高へ。


 道は、分かれてしまったのだ。



 人の心は、変わる。


 どんなに「ずっと親友だよ」と繰り返したところで、いつか他の誰かと、親しくなるに違いなかった。

「マリコだけ」そう思っていた過去の自分を、ひらりと裏切って。


 だからといって、マリコにしがみつく気もなかった。

 彼女が新しい世界を作り上げていくのを、見たくなかった。


 ただ思っていたのは、

 そうやって、誰かを傷つけてしまうくらいなら。

 誰かを傷つけたことで、自分も傷つくのなら。


 いっそのこと、もう誰とも関わりたくない。

 心を殺して、ひとりで生きていきたい。




 今ならわかる。

 こういう度を越した潔癖さが、自分自身を追い詰め、わたしの世界はますます歪になっていったのだということが。



 けれど、その頃のわたしには、どうしてもわからなかったのだ。


 そうする以外、どうやって、人と関わったらいいのか。





 クラスメートとは、必要最低限の会話しか交わさないようにした。

 休み時間になると、すぐに視線を落として、ひとりで本にかじりついた。


 そうしてわたしは、わたしを監視し続けた。

 誰かに心を許すことなど、決してないように。



 が、皮肉なことに、そんなわたしの姿が逆に、読書好きのクラスメートの興味をひいてしまったようだった。


 毎日のように一緒に帰ろうと誘ってくる彼女。


 わたしはそのたびに、何かと理由をつけて突き放した。

 が、それでも屈託のない笑顔で、声をかけ続けてくれる。

 仕方なく駅まで一緒に帰ったりもしたが、心は固くガードしたままだった。


 後々になって、彼女が別の友達の前で泣いていたことを知った。わたしに冷たくあたられるのが、とても辛いと言って。


 ごめん、決してあなたを嫌っていたわけじゃないんだ。


 自分の辛さしか見えていなかったわたしは、ここでも周りの人間を、無神経に傷つけていた。





 もともと何の希望もないままに始まった高校生活だったけれど、時が経つにつれ、わたしはますます無気力になっていった。


 いつも頭がぼんやりと重く、何もやる気が出なかった。

 どうせ、最後は死ぬのだから。

 そんな思いがついて回る。


 眠りこんでいるフリをして、電車を下りの終点まで乗り過ごし、わざと遅刻をした。

 窓の外では、金色の麦畑が風にたなびいている。


 その光景を見ながらわたしは、心の中でつぶやいていた。


 帰りたい。



 心が現実ではない場所に、ふわりと引っ張られていくような気がした。


 ここではなく、どこでもなく、ただ、泣きたいほどに懐かしい場所へ。





 その感覚は、それからもしばしば、疼くように胸を訪れた。



 どこにいても、それが自分のいるべき場所ではなく、何をしていても、やるべきことではない気がして、たまらなかった。



 帰りたい。


 でも、いったいどこに?


 その問いを胸の内に何度も繰り返しながら、わたしの頼りない高校生活は過ぎていった。

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