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備忘録1 生きにくさの根っこ  作者: 小日向冬子
思春期のトンネルへ
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14歳の決意

この話には、自殺に関する記述が出てきますので、充分ご注意ください。

また、決して自殺を肯定したり美化したりする意図ではないことをご了承ください。

 中学生になって付き合い始めたマリコたちのグループは、クラスも部活動もバラバラな、ちょっと不思議な集団だった。


 クールでボーイッシュなマリコ。

 妙に大人びた雰囲気のエリ。

 飄々としてつかみどころのないレイコ。

 堅実な優等生タイプのカナエ。

 見た目は美少女なのに、さばさばした性格のナルミ。


 今思うと、それぞれが、やりきれない「何か」を抱えているメンバーだった気がする。



 エリには、父親がいなかった。

 母親は都内で飲み屋をやっていて、そのまま店に泊まることも多いという話だった。

 町はずれの古くて小さい借家では、中学生の彼女が実質ほとんど一人で暮らしていた。

 当然のように、そこがわたしたちの、格好の溜まり場になった。


 口うるさく言う人間は、誰もいない。

 休みとなれば示し合わせたように集まり、親の目の届かない自由を思い切り満喫した。


 ごちゃごちゃとした空間に6人が集まって、おやつを持ち寄ってはだらだらと終わりのないおしゃべりや他愛のないじゃれあいや、時にはタバコを持ちこんで、ささやかな不良の真似ごとなんかもした。 


 きっと誰もが、子どもと大人の狭間の自分を、どう扱っていいかわからなかったのだと思う。妙に大人ぶってみたり、そのくせひどく甘えたがったり。

 どうすることもできない寂しさと、漠然とした不安を持ちより分かち合う、頼りない野良猫のような集団だった。


 自分の家に居場所を見いだせなかったわたしにとって、崩れかけたあの場所で、仲間と過ごすひとときだけは、唯一呼吸ができる気がした。

 なのにどうしてまた、窒息しそうなあの家に、戻らねばならないのだろう。


 エリの家からの帰り道、二人乗りの自転車で、バランスを崩して転んでしまったことがある。

 滅多に車のこない道だったけど、夜空の下でしばらく大の字になったまま、ああ、このまま轢かれてしまえればいいのに、と心のどこかで祈ってたのを、妙にはっきり覚えてる。


「高校になったら、家を出て友達と暮らしたい」

 大真面目でそう言い出したとき、母はそれを一笑に付した。

「そんなこと、できるわけがない」

 と。

 確かにそうだ。

 けれど、そう考えずにいられないほど、わたしの心は追い詰められていた。

 相変わらず母は、そんなことには目を向けようともしなかった。



 そのころから、わたしの中の闇は、急速にはっきりとした形を取り始めた。


 学校では、相変わらず真面目な優等生の役割を果たし続けていた。今思えば、規則を破ったり何かがわからないということが、病的に怖かったのだと思う。

 家に帰れば帰ったで、待っているのは言い争いと小言と、そして張りつめた沈黙。

 そんな中、エリの家で過ごすひとときと、家族が寝静まった夜中だけが、素の自分に戻れる時間のような気がして、毎晩必死で夜更かしをした。


 廊下の隅をカーテンで仕切られただけの、ほんのわずかな自分のスペース。

 パソコンもスマホもない時代、勉強しているフリをしながら、明日になれば学校で会えるのに、仲間に長い手紙を書いた。

 吐き出すようにイラストや詩を書き、背伸びして同人誌に参加したのもこの頃だ。

「あなたのテーマは、『苦悩』なのですか?」

 そんな感想が書かれるくらい、どれも中学生らしくない救いようのない内容ばかりだった。


 小学校時代のようないじめをうけることこそなかったが、だからといって精神状態は、少しもよくなっていなかった。

 常に、正体のわからない生きにくさのようなものがついて回った。

 周囲に、いや、自分自身に対しても、感じずにはいられない違和感。

 何をしていても、自分を厳しく糾弾するもうひとりの自分がいて、頭の中はいつも混乱し、揺れ動いていた。

 自意識でがんじがらめになったわたしは、自分の女性性も、いや、人間であることさえも、上手く受け入れることができずにいた。

 欲望や感情があることが苦しくて、心のない石ころになりたいと願った。



「死」を意識するようになったのも、そのころだ。


 直接のきっかけは、自殺したある少女を特集したテレビ番組だった。それを見ているうちにふと、「死ぬっていうのも、ありなんだ」そう思えた。


 死ねば、楽になれる。このわけのわからない苦しさから、解放される。さすがに母も、後悔するんじゃないか。もっと優しくしてやればよかったと、泣いてくれるのではないか……。

 最初はそんな風に、ぼんやりと甘い夢を見るだけだった。


 が、それは徐々にエスカレートしていった。


 わたしは、実際に行動に移すための具体的な方法や手順を、ひとつひとつ想像していくようになった。

 これですべてから解放されると思うと、痺れるような快感が襲ってくる。


 しかし、幸い、というべきなのだろうが、甘い誘惑のそのあとで、わたしは必ず死の持つ厳然たる側面を垣間見てしまうのだった。


 死ぬと言うことは、容赦なく一切の可能性を断ち切るということだ。

 変わるかもしれない未来、味わえるかもしれない幸せ。

 ほんの砂粒ほどの可能性だとしても、それを完全に手放すことになる。


 そして――一度踏み越えてしまったら、決して二度と戻ってはこれないのだ。


 わたしは何度となく、今の苦しみに追い立てられるように崖っぷちまで逃げてきては、つま先立ちで崖下を覗き込み、そのたびに死というものの圧倒的な力に身震いし、打ちのめされた。



 無理だ。

 今の自分には、そこまでの勇気がない。


 でも、だからといって、これからも延々と続くであろう苦しい日々に耐えていけるとも、到底思えない――。





 人知れず煩悶を繰り返した末に、わたしは、自分の命に区切りをつけることに思い至った。



 あと6年――20歳になったら、死ぬことを自分に許そう。


 もしどうしても耐えられなくなったら、もっと早くてもいい。

 とにかく、20歳までこのままの精神状態だったら、この命に見切りをつけよう。



 いざとなったら、死ねばいいんだ。

 そんな開き直りにも似た気持ちが、14歳のわたしの追い詰められた気持ちを、少しだけ、楽にしてくれた。

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