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備忘録1 生きにくさの根っこ  作者: 小日向冬子
思春期のトンネルへ
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親友

 中学生になると、交友関係は劇的に変わる。

 別の小学校から来た子たちと混ざり合い、新しいクラスに分かれ、そして、部活動という枠組みもできるからだ。


 そんな新しい環境の中で、小学校時代のいじめも自然となくなり、わたしにも新しい友達ができた。


 その中でも、一番親しくなったのが、マリコだった。


 マリコは、あの町では珍しい、ボーイッシュで都会的な女の子だった。

 父親は大きな会社の重役だとかで、そのせいか、身につけている何もかもがどこか垢抜けて、ひどく人目を引いた。当時田舎では珍しかった歯の矯正のために、月に一度学校を休んで都内まで通っていたのも、皆の羨望の的だった。


 何よりわたしが興味を持ったのは、マリコがまとった、どこか危なっかしい雰囲気だった。

 話をフッとはぐらかし、皮肉なジョークで斜めに笑う。

 それまで自分の周りにはいなかったタイプだ。

 冷めた瞳の奥にあるのが何なのか、見てみたくて、たまらなかった。


 淳子ちゃんは、マリコとは真逆の、ぽかぽかのおひさまみたいな存在だった。

 翳りのない柔らかな光は、いつでも少しも変わることがなくて、どれほどそれに支えられてきただろう。

 でも同時に彼女のまぶしさは、時にわたしの異質さを浮き彫りにもした。


 わたしの孤独で歪んだ心は、温かく包まれることだけでなく、暗く共鳴できる存在を激しく欲してもいたのだと思う。


 また、マリコがまったく女の子っぽくなかったことも、魅力を感じたひとつの要因だったのだろう。

 当時のわたしは、女であることに強い嫌悪感を抱いていたからだ。

 膨らんでくる胸に抵抗し、胸にサラシを巻いてみたり、普段着もジーンズに黒のTシャツ、持ち物も極力シンプルなデザインばかりを選んだ。

 正確には、男も女も感じさせない中性的な存在になりたかった。

 そんなわたしの理想の姿が、まさにマリコだったのだ。



 入学してしばらくすると、休み時間もマリコのところばかりいくようになった。

 彼女のほうでも、ちょっと変わった優等生のわたしを面白がり、わたしたちは他の何人かも含め、親しく付き合うようになっていった。


 が、そうやって、マリコの存在が大きくなっていったとき、わたしは淳子ちゃんとどう接していいか、すっかりわからなくなった。


 ずっと彼女を親友だと思っていたし、そう口にも出していた。


 でも。


 自分の中の一番は、もう淳子ちゃんじゃなくなってる――はっきりそれに気がついたとき、わたしはひどい罪悪感にさいなまれるようになったのだ。


 いつまでも親友でいてねって言ってたのは、わたしのほうなのに。

「親友」という言葉だけが宙に浮いたまま、心は別の友達に向いているなんて。


 嘘つき。

 わたしは、なんて狡くて汚い人間なんだろう。


 冷静に考えてみれば、淳子ちゃんはみんなに好かれていたし、他にもちゃんと友達がいた。わたしが距離を置くようになって、寂しいと思ってはいただろうが、それもよくあることだったはずだ。

 ただ、わたしの中で、淳子ちゃんを裏切っているという事実が、どうしても許せなかったのだ。


 悩み抜いたわたしが、そのときとった行動。


 それは――淳子ちゃんに、「絶交」を言い渡すことだった。



 今になってみれば、なんてひどいことをしたと思う。

 仲のいい子が変わるのはごくごく当たり前のことで、多少の感情のもつれはあるものの、おそらくそうやって人の気持ちがずっと同じではないのだということを学びながら、皆、大きくなっていくのだ。

 なのにわたしは、曖昧に流れていくべきところをわざわざ切り取って、一番残酷な形で目の前に叩きつけたのだ。


 いったいどれほど、彼女を傷つけたことだろう。


 あのときのわたしは、それさえ考えられないほどに、自分のことで精一杯で、そして異常に潔癖だった。


 白か黒か。

 0か100か。


 今でこそ、それなりに社会で揉まれて割り切ることを覚えたけれど、わたしの思考は、いつもそうだった。

 馬鹿正直だとか、融通が利かないとかよく言われた。

 それが、育った家庭が安心できる場所でなかった者の陥りやすい思考パターンなのだということは、ずっと後になってから知った。

 きっとわたしは、自分でも気づかないうちに、たくさんの人を傷つけて、不快にさせてきたのだと、今になって思う。




 ご両親の死を知ったとき、無性に淳子ちゃんに謝りたい、と思った。


 連絡先を調べ、電話をかけると、淳子ちゃんはひどく面食らった様子だった。

 それはそうだ。

 中学を卒業してから10年以上の月日が経っていた。


「あのね、淳子ちゃんにはいろいろ、ひどいことしちゃったなと思って……ちゃんと、謝りたかったの」

 少し強張った声でわたしが言うと、淳子ちゃんは受話器の向こうであっけらかんと笑った。


『なあに、もう、いいのに。そんなこと、ずっと気にしてたの?』

 結婚して遠くの街で暮らす淳子ちゃんの声は、相変わらず、おひさまみたいに温かかった。



 また連絡するねと言って電話を切ったきり、日々の忙しさに追われて再び長い年月が経ってしまったけれど。

 あのときの淳子ちゃんの明るい声は、今でもわたしの心の中で、ほのかな救いになっている。


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