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備忘録1 生きにくさの根っこ  作者: 小日向冬子
思春期のトンネルへ
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淳子ちゃん

 いじめられていた小学生の頃、ひとりだけ、ずっといつもと変わらずにいてくれた友達がいた。


 淳子ちゃん。


 涼しい目元で、色白で。

 頭がいいのに少しも偉ぶるところのない、おっとりした女の子だった。


 ぽっちゃりした体つきのせいで、ときどきみんなにいじられてたけれど、いつも彼女は何も言い返したりせず、困ったようにほんの少し眉毛を下げ、そっと目を伏せるだけだった。

 わたしは、自分は傷つけられても決して人を傷つけることをしない優しい彼女が、大好きだった。


 淳子ちゃんは、わたしのことを表立って庇ったりはしなかったけれど、何があっても同じように接してくれて、毎週のように「家に遊びにこない?」と誘ってくれた。

 わたしは誘われるままに、自転車で五分ほどの彼女の家をいそいそと訪れた。



 淳子ちゃんのご両親は、種子島の出身だった。

 種子島がどんなところか、わたしはよく知らなかったけれど、いつでもあけっぴろげの太陽のような笑顔で迎えてくれる二人の姿を見て、ああ、きっととてもいいところに違いない、しみじみとそう思った。


 いつでもきゅっと明るい色のエプロンをつけたおばさんは、丸いほっぺにキュートなえくぼを見せながら、いろんなおやつを用意してくれた。淳子ちゃんは三人姉妹の真ん中だったから、女の子四人できゃあきゃあ言いながら、ホットケーキやドーナツを頬張った。


 自宅の隣で鉄工所を営んでいたお父さんは、とても陽気で気さくな人で、暇をみてはやってきて、何かと話しかけてくれた。

 父親というのは子どもと滅多に喋ったりしないものだと思っていたから、最初はひどく面食らったけれど。


 あるときは、田舎から送ってきたのだと言って、さとうきびの束を見せてくれた。「かじってごらん」と言われ、恐る恐る口を近づけるわたしのようすを見て、楽しそうに笑ってた。

 またあるときは、百万円の札束を、いきなりテーブルの上にポンと置き、わたしがびっくりしていると、にこっとしてからこう言った。

「冬子ちゃんも見たことあるだろ? 農家は、お金いっぱいあるからなあ」

 わたしは、うちには絶対そんなお金ない、と思ったけれど、淳子ちゃんのお父さんがそう思ってくれてるというだけで、本当にそんな気になれた。

 お昼ご飯をごちそうになったときには、

「冬子ちゃん、ほら、もっとおかわりしなよ。お百姓さんは働き者だから、いっぱい食べるだろ?」

 と言って、おばさんに「そんな言い方、女の子に失礼でしょ!」とたしなめられていた。


 にぎやかなテーブル。

 のびのびと楽しそうな笑い声。

 朗らかで優しい両親。


 あの家にいるときだけは、安心して無邪気な子どもでいられた。




 時が経ち、結婚して地元を離れていたわたしは、風の頼りに淳子ちゃんのご両親が亡くなったことを耳にした。

 そして、久しぶりに当時のことを思い出すうち、ふと思ったのだ。


 ひょっとして淳子ちゃんの両親は、全部知っていたんじゃないだろうか。

 わたしがいじめられていたことも。

 どん百姓とからかわれ、貧乏人と蔑まれていたことも。


 あの頃は、考えてもみなかった。

 でも、親になった今ならわかる。

 絶対、知らないわけがない。

 そうか、だから何度も家に招き、あんな風な言い方で、こっそり励ましてくれたんだ。


 そこに思い至った瞬間、喉元に熱いものがどうしようもなく込み上げてきた。


 二人はどれほど胸を痛めながら、わたしを見ていてくれたのだろう。

 そしてわたしは、どうしてもっと早く、それに気づかなかったのだろう。




 孤独だとばかり思っていた子ども時代。

 だけど本当は、大きな温かい光で、ずっと照らされていたのかもしれない。


 そう思うだけで、空っぽだった胸の中に、じんわりと温もりが広がっていくような気がした。

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