目覚めたときには、泣いていた
いちばん古い記憶。
そのときわたしは、二歳か、三歳だったと思う。
夢の中で、自分以外の家族がみんな、ひとつの車に乗っていた。
と、急にそれが走りだす。
「待って、わたしも乗せて!」
声を枯らして泣き叫んでも、車は止まらない。
転びそうになりながら、必死で追いかけた。
運転席には、勝ち誇ったような姉の顔。
涙でぐしょぐしょになって、目が覚めた。
薄暗く、しん、とした早朝の空気。
現実との境目があいまいなまま、わたしは布団の中でほんとうに涙を流していた。
やがて少しずつ霧が晴れていくように、夢を見ていたことに気付く。
夢だとわかっても、ひとりだけ取り残されたショックと悲しみの感情を、幼いわたしは抱えきれなかった。
矢も盾もたまらず、布団から起き出して、母の姿を探した。
ただ、ぎゅっと抱きしめてほしくて。
しゃくりあげながら台所に行くと、母は朝食の用意をしていた。
ひとりで起きてきたわたしを見ると、少しびっくりした顔になり、それから言った。
「なんだ、お腹すいちゃったのか」
え?
あれ、と思いながらも、何がおかしいのかは分からずに、幼かったわたしは流されるままにうなずいた。
「うん」
母は、しょうがないな、と言いながら、炊きたてのご飯でおにぎりを作ってくれた。
海苔の巻かれたあったかい塩むすびを頬張りながら、心の中はもやもやしていた。
――違う。そうじゃない。ええと、欲しかったのは、これじゃなくて……。
でも、それをちゃんと言葉にするには、そのときの自分は幼すぎた。
大きくなってからも、ふとした拍子によくその光景が浮かんでくる。
えもいわれぬ寂しさとともに。
今だったら、はっきり言えるのに。
満たしてほしいのは、お腹じゃなくて、心なのだ、と。
欲しいのは、物じゃなくて温もりなのだ、と。
けれどもしも、あのときそう言えたとしても、母には通じなかったかもしれない。
彼女は、そういう人だった。