第二章 5
まるで物のように投げられたマヒルは、そのまま床の上を転がって、赤い柵に頭をぶつけた。マヒルがぶち込まれたのは、のれんの先――遊郭の玄関横にある籬だった。
そこは牢屋のような造りで、マヒルのほかにも数人の遊女がいた。彼女たちはそこで赤い柵越しに、群がる男たちに顔見世をしていた。
「いったぁっ。なにすんのよ、バカっ」
「しっかり働けよ、おしず」
そういってマヒルを投げた男は、玄関につながる扉を閉める。すぐに扉に飛びかかって開けようとしたが、相手が鍵を閉めるほうが早く、がたがたとゆらすにおわった。
「おしずって誰よっ! こんにゃろ! ちくしょう! バカ野郎! この野郎っ!」
しばらく奮闘するが、無意味だった。
これでまた、牢屋に閉じ込められてしまった。
いつかの時と同じように、苛立ち混じりに扉を蹴ると、
「あんた大丈夫かい?」
同じように籬に閉じ込められる遊女の一人が、声をかけてきた。
その遊女のなんと麗しいことか。肌は白く、はだけた着物の襟元から、深々とした谷間が顔をのぞかせていた。同性であるマヒルでさえ、ごくりと生つばを飲んでしまう。
それから自分自身を見下ろして、敗北感に打ちのめされそうになる。
無理やり着替えさせられた牡丹の意匠をこらした桃色の着物は、一応、裾が短くて、胸元もあらわとなっているのだが、いかんせん身体が幼く貧相なので、色気がない。
着崩れを起こした子供といった井出たちだった。
というか、まさにその通りだった。
しかし納得できない。
マヒルは声をかけてきた遊女の白い双丘を指で突っつき、
「どうやったら、あなたみたいにおっぱい大きくなるかな?」
「え? え、ああ、牛乳とか飲めば、いいんじゃない?」
「そっか――ってどうでもいいのよ! いやどうでもよくないけど! それよりあたしこんなところでちんたらしている場合じゃないのよっ。こっから出しやがれってのぉ!」
マヒルは柵をつかみ、猿のように身体をゆすって大声でわめき散らす。品定めをしていた大半の男たちが、心を病んだ人を前にしたような顔で、後ずさって柵から離れる。
彼らを碧眼でにらみつけて「がるる」とうなるマヒル。
しかしマヒルは知らなかった。
世の中には、大人しい女よりも、気性が荒い女の方が好きという男がいることを。
「いい! きみ、すごくいい!」
品定めしていた男の一人――恰幅のいい男が、マヒルの所業に目をかがやかせた。
まるで運命の人を見つけたかのようである。
「今夜の相手はキミに決めたぞっ。そのかわいい顔に強気な態度、まさに、だっ」
目を丸くするマヒルをよそに、盛り上がる恰幅のいい男は、受付の男を呼んだ。
二、三言葉を交わしてから、恰幅のいい男が階段を上っていった。
受付の男が「おーい、指名が入った。誰かきてくれ」と叫ぶと、廊下のほうから屈強そうな男がやってきて、扉を開け、マヒルの手をつかんで籬の外に連れ出した。
「ちょっと放してよっ!」
しかし男は放してくれず、そのまま一緒に三階まで移動。そして廊下の突き当たりにある部屋に放りこまれた。マヒルは敷布団の上に落ち「んげ」とうめき声をもらす。
「もっと大切に扱いなさいよっ。バカなの?」
乱暴に閉められた襖に向かって、マヒルは叫んだ。
それから、ぞくり、と背筋を冷たい手でなでられたような気がした。
悪寒に任せて振り向く。
「おしずちゃーんっ」
恰幅のいい半裸の男が、海に飛び込むように勢いよく跳んできた。
マヒルに向かって。