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第一章 3
ユルヨたちが村の外れにある、捨てられた士道場で待機している頃。
ヒラス村のほうでは、人々が薪を割ったり、畑や森で採れた野菜や果物をかごに入れて歩いていたり、子供たちが騒ぎながら遊んでいたりと、平和的な光景が広がっていた。
その村を、一人の女が歩いていた。
美しい女だ。黒髪を束ね上げ、白いうなじをあらわとしている。大胆にも胸元の開いた豪奢な黒の振袖を着込み、帯の下に入った切れ目から、なまめかしい白い足がのぞけた。
こんな田舎村にはそぐわない、月夜の似合う黒尽くめの女だった。
村人のだれもが彼女を目にすると、足を止めて見入っていた。
女は、すんすん、と鼻を鳴らす。
「こちらか。匂う。匂うのぢゃ。ようやっと。十年の歳月を経て、ようやっと」
そうつぶやいたとき、彼女の口の端から真っ赤な血が垂れた。
女は血をぬぐってから、手の甲に付着するものに気づく。
黄色の皮膚の欠片だった。
「おぉ、これはいかぬ。はしたない」
そういって、女はその皮膚を舌でなめ取った。
そして彼女の唇が、弧を描いた。
「まっておれ、わちの愛しき娘よ」