表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜侍  作者: 栗山明
第一章 2
30/30

エピローグ

エピローグ


 真っ暗だった。

 上も下も右も左も黒く、そしてその中でゴミのようにトヨヒサはただよっていた。まるで夜の海中のようだ。中々に心地よく、そのまま寝てしまおうかと思ったら――。

「こら、兄上。何をしとるか」

 まぶたを上げたら、目の前に死んだはずのヒサヨがいた。

 トヨヒサは目をしばたかせる。

「手前こそ、何で、え? 生きとるんか?」

「あほう。あたしはもうとっくの昔に死んだわ。忘れたんか?」

「忘れるわけが……なかろう」

 そうだ。忘れるわけがない。

 ではどうして、ヒサヨがこんなところにいるのだろうか。

 するとヒサヨが言った。

「兄上。ようがんばったな」

「え?」

「それが言いたくて、ちょっと顔を見せにきたんよ」

「いや、おい、ちょっと待てよ、ヒサヨっ!」

「さようなら、バカな兄上。そしてよかにせだったぞ、愛すべき兄上」

「おい、まてって、おい、おい――」

 

――ヒサヨ!


 手を伸ばした先に、ヒサヨはいなかった。

あったのは、見知らぬ天井だった。

周囲を見回す。さびれたその部屋の中心には囲炉裏があり、炭火が燃えていた。ほんのりと暖かい。トヨヒサが寝ていた場所は、どこぞの家の中のようだ。

(どうやらまた……この命を、捨てがまり損なったようじゃのう。……っ!)

 全身に苦痛を感じて、顔をしかめる。身体を見下ろすと、上半身には包帯が巻かれ、それで隠せないほどの傷跡が刻まれていた。誰かが手当てをしてくれたということか。

(……クソガキのやつが?)

 しかしその肝心のマヒルが見当たらない。そばにおいてあった着物と野袴を着て、いつもの習性で小具足もつけ、同じくおいてあった斬竜刀を杖代わりにして、家の外に出る。

 外は快晴だった。ということは、少なくとも数日は経っているということか。

 周りには、崩れた平屋の残骸や、荒れ果てた畑があった。見覚えがある。

「ここは、ヨンノ村か」

「あ、トヨヒサ。生きてたんだね」

 声がしたほうを向くと、土で顔や桃色の単着物を汚すマヒルがいた。

いつもと変わらぬ彼女の調子に、

「ずいぶんな言い草じゃのう」

 トヨヒサは半眼となる。

 するといつの間にか、マヒルと同じように土で身体や衣類を汚した村人たちが、二人の周りに集まってきた。そして村人たちが包帯を巻いたその身体を遠慮なしに叩いてくる。

「よくやったぞ、あんた!」

「ようマヒルちゃんを助けてくれた!」

「さすがだ!」

 痛い。その上、うっとうしくて仕方がなかった。

(だが、あんまり悪い気分では、ないのう)

 そう思っていると、マヒルが「ほーら散った散った! みんな作業に戻る!」なんて村人たちを追っ払った。村人たちはそこから去り、斧を手に森に入る班、鍬を手に畑を耕す班、平屋の瓦礫を撤去する班に分かれて、それぞれが作業をしはじめた。

 斬竜刀にもたれかかりながら、その様子をながめていると、マヒルが言った。

「生き残ったみんなでね、村の再建をしてるところなの。もうイシダの残党は残っていないみたいだし、これからヨンノ村は、ただの村として生まれ変わるのよ」

「どういうこっちゃ?」

 事情がわからずにたずねると、マヒルがこの村が竜人を精製するための人集めの村だった、ということを説明してくれた。

「なるほどのう。しかし、そんなことがあったというのに、たくましいな」

「みんな生きる気力をなくしていたけどさ、でも、あんたがあたしを助けるために竜とかイシダの残党と戦ったことを言ったらさ、みんな元気になったのよ」

「そりゃまた、なんでじゃ?」

「あんたのがんばりに、感化されたんじゃないの?」

 マヒルが肩をすくめる。

 刀の柄にあごをおいて、トヨヒサはたずねる。

「俺はどんくらい寝ていた?」

「七日ぐらいかな。もう死んだかと思ったわよ」

「ひでえことを言うな」

「でも、生きててほんとうによかったよ」

 彼女は青空を見上げる。マヒルの横顔をぼーっとながめ、トヨヒサは伝えなければいけないことを思い出した。余裕がなかったせいで、伝え損ねた事実。

 彼女の肩に手を乗せて、トヨヒサは言った。

「クソガキ。もう知っとると思うが、あのジュウセンさんって人は――」

「うん。ちゃんと埋葬したよ」

 あの日から、一週間も経っている。きっとその間に、マヒルはジュウセンの死体を見つけたのだろう。自分の母親代わりだった人の死を目の当たりにして、彼女が何を思ったのか。妹を失ったときのトヨヒサと、同じくらいの悲しみを感じたはずだ。

 しかも彼女は、その前に友だちを何人も亡くしている。

 だというのに――マヒルは前と変わらぬ様子で、きっちりと立っていた。

(強いやつじゃ……俺なんかより、ずっと強いのう)

 それからトヨヒサは、死したジュウセンの名誉を回復するべく、つげた。

「あのな、あの人、すまないって言っとった。手前を助けてやれなかったって」

「わかってる。全部わかってるから、あたし別に、ジュウセンさんのこと恨んでないよ」

 そういって、マヒルは微笑んだ。

「あんたには、感謝してる。ありがとう。ほんとうに、ありがとう」

「……」

 改めて言われて、何か妙な気持ちになってしまい、トヨヒサはぽりぽり黒髪をかく。

マヒルもそれから急に静かになって、変な沈黙がつづいた。

 村人たちの威勢のいい声が、遠くから聞こえてくる。

 沈黙に耐え切れずに、トヨヒサは柄からあごを離し、軽く手を上げた。

「じゃ、行くわ」

「また、旅に出るの?」

 トヨヒサの横顔に向かって、マヒルが問いかけてきた。

 ほほを指でかきながら答える。

「……いや、いったん家に帰ろうかなと思う」

「こりゃまたいったいどういう風の吹き回しで?」

「今なら、ヒサヨが死んだことを、自分の口から伝えられると思うんじゃ」

 それからトヨヒサは、マヒルの碧眼をまっすぐに見つめる。

「手前はどうする?」

「あたしは……」

 マヒルは周囲を見回す。声をかけ合いながら平屋の建材を荷車に載せている家族や、鍬を耕す親父のそばで泥団子を丸めて遊ぶ子供の姿があった。

 村のいたるところで、村人たちが明日に向かって生きていた。

 そんな彼らの姿をまぶしそうに目を細めてながめながら、

「ここで、みんなと一緒に暮らすよ」

 と、マヒルは言った。

 少しだけ、胸が痛かった。

 実のところ、トヨヒサは少し期待をしていた。彼女が自分と――。

(……乙女か、俺は)

 脳裏をよぎる考えを、頭を振って追い出し、トヨヒサはマヒルに背を向けた。

「達者でな」

「あんたもね」

 彼女の言葉を背に受けて、トヨヒサは村を出た。

 あっさりとした別れだった。

 でも、これでいいと思った。

 変に湿っぽい別れは、似合わないから。

ミノウ領の中心へとつづく林道を、斬竜刀を杖代わりにして歩いていく。

前に出て行くときは馬がいたが、今はその馬すらいない。

一人ぼっちだった。

(さ、家に帰ろうかのう)

 なんて意気込みながら一歩踏み出したところで、斬竜刀に足を引っかけて、前のめりに倒れこんだ。そのまま地面に顔をぶつけ――るはずが、そうならなかった。

 腹に回された小さな手が、こけないように、支えてくれていた。

 ハッとして、トヨヒサは振り向いた。

「やっぱり、あたしがいないとダメね」

 得意げな笑みを浮かべる、マヒルがいた。

 目をしばたきながら、トヨヒサは問う。

「手前、村は、いいのかよ」

「なんかね、みんなが、村の再建は自分たちに任せろだってさ。散々苦労したんだから、あんたは好きなように生きなさいってさ。だから、きちゃった」

「無責任じゃな」

「村のみんななら大丈夫よ。あんたが倒した竜がいるからさ。売れば大金になるだろうし」

 するとマヒルが肩を貸してくれた。

 遠慮せずに、トヨヒサはその肩を借りた。

「んじゃ、行きますか。あんたの家へ」

「かなり遠いぞ。大丈夫か?」

「あんたがいるから平気よ。ヤバくなったら、助けてね」

「俺はもう、手前の用心棒じゃないんじゃがな」

「けち臭いこと言うなっての。無料よ、無料で助けなさいよ。わかった? わかったなら返事をしなさい。あ、あとまた逃げたら今度こそ絶交するからね? わかった?」

「あーもう、うるさか。うっとうしくてしゃあないのう」

 なんてつぶやきながら、トヨヒサはわきあがる思いをこらえきれずに――。

 笑った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ