第三章 5
「ついたね」
「ここが、ヨンノ村か」
馬上でトヨヒサはつぶやいた。
ゆるやかな坂道を上った先に、ヨンノ村はあった。右手になだらかな山があり、そこから流れてくる水が、川となって村の土地をまたいでいる。トヨヒサたちがやってきたセキガ平原方面の入り口と、逆方向のミノウ領の中心へとつづく入り口の近くには、竜の来襲にそなえて鐘をつけた火の見やぐらが設置されていた。しかし今は休憩時間なのか、はたまた外敵など滅多にこないのか、やぐらの上には誰も見当たらなかった。
マヒルが馬から降り、足早に奥へと向かう。トヨヒサも馬を降りて、その手綱を引いて彼女のあとを追った。進むと、村にしては平屋の数が多く、大根の植えられた畑やそれなりの広さを誇る田んぼなどが目に入った。村以上、町以下、といった規模である。
村の中心あたりにつくと、人だかりができていた。老人に老女、中年男性に熟女、少年に少女など、幅広い層が集まるその中心に、マヒルがいた。
「みんな久しぶりっ。シゲさんにトミさんも、いやー、みんな変わらず元気だねっ!」
「そういうマヒルちゃんも元気そうでー」
「出稼ぎのほうはどうしたん? 逃げてきたんか?」
「マヒルちゃんは働くの、だいっきらいだもんなー」
なんて会話をしていると、鼻水を垂らした少年が、いきなりマヒルの腹に向かってタックルをした。不意打ちを食らったマヒルが「ぶはっ」と吹き出す。
「お姉ちゃんどーんっ」
「どーんじゃないっ!」
獣のようにマヒルが咆える。それにおどろいて少年が逃げ出すと、マヒルにちょっかいを出そうとしていた他の子供たちもあわてて走り出した。それを見て、大人たちが笑う。
(ずいぶんと人気者じゃのう)
離れたところから、トヨヒサは和気あいあいとしたその光景をながめる。なつかしい気持ちになった。サマ地方で家族と一緒にすごしていたときのことを、少し思い出した。
(親父……元気しとるか?)
そのおり、両手を上げて子供を追いかけ回すマヒルが、ぴたりと立ち止まった。
彼女の視線の先に、胸から銀十字のネックレスを垂らし、士道衣を着用した妙齢の道女がいた。凹凸のはっきりとした体つきである。そんなそそる身体を、清純なる士道衣で包んでいるせいか、背徳的な魅力があった。
「ジュウセンさんっ」
まるで先ほどタックルした少年のように、マヒルはその道女に抱きついた。豊満な胸の間に、少女は顔をうずめる。こうしてみると、母と娘のようだった。
「マヒル? どうしてここに?」
ジュウセンのやさしげに垂れた目に、おどろきの光がたたえられている。
「お仕事のほうはどうしたのですか? それに、ほかのみんなは? まさかあなた……仕事が嫌になって戻ってきたの? ダメよ。村の決まりなんですからね」
「ち、ちがうよ、ジュウセンさん。ちゃんとした理由があるんだって」
「どんな理由ですか?」
「それは、ちょっと……ここで話すようなことじゃないかな」
マヒルは周囲で微笑ましげに自分を見る村人たちを一瞥してから、ジュウセンだけに聞こえる声で言った。すると何かを察したのか、ジュウセンはゆっくりとうなずいた。
「士道場のほうにきますか?」
道女の問いを少女は肯定。それからマヒルは、馬と一緒に様子を見守っていたトヨヒサのほうに駆け寄ってきた。そばにやってくるや否や、ふところから竜の牙を取り出す。
「はい。受け取って」
彼女の掌で転がる竜の牙を、トヨヒサは眉根を寄せて見下ろす。
「なんのつもりじゃ」
「ボディーガードの報酬よ」
「いらん。報酬は手前に石化を治してもろうた。それで十分じゃ」
「あたしがそれじゃ納得できないの。だから、ほら、受け取ってよ」
「……ま、くれるというなら、もらっておくか」
彼女の手から竜の牙をひろい上げ、野袴の衣嚢に忍ばせる。
「んじゃ、達者でな」
「あんたもね。けっこう楽しかったよ、それじゃ」
笑顔で親指を立ててから、マヒルはジュウセンのほうに走り出した。ジュウセンと目が合い、軽く頭を下げるトヨヒサ。そして馬の手綱を引いて、歩き出す。
向かう先は、セキガ平原とは逆方向、ミノウ領の中心に向かう道だった。
できるだけあの因縁ある場所には、近寄りたくなかったのだった。




