第三章 3
トヨヒサは急かされるように目を覚ました。
心臓が左胸の奥で跳ねている。
また、ヒサヨが死ぬ夢を見たせいだ。
これまでも見ることはあったが、最近は頻度が増えている。
(マヒルのやつに会ってから、よう見るようになったな……)
まるで今まで目を背けていた事実を、突きつけられているような気がした。
状況を確認する。自分は岩に背にあずけ、斬竜刀を抱きかかえている。空は青白く、空気が肺を冷やす。早朝のようだ。周囲を見回すと、マヒルを見つけた。
(なにしとるんじゃ、あいつ)
彼女は太めの幹に向かって、少し離れた距離から手をかざしていた。
幹をにらみつけるその碧眼は、真剣そのものだった。
「むりゃああああっ」
マヒルは叫んだ。
遠くのほうで、鳥が飛び立った。
静寂。
しばらく手をかざしつづけた彼女は、なにかをあきらめたように肩を落とした。
「手前、なにがしたいんじゃ?」
「あ、おはよう。見たらわかるでしょ? 念力の練習よ」
「練習?」
「だってほら、あたし竜人になってから、ぜんぜん念力の練習してないのよ。しかもあたしの場合、混血だからなのか――息吹とか脂もそうなんだけど――力を使うのが難しくてさ。なんか身体から力の流れは感じるんだけど、うまく使えないのよね」
「で、練習か。――よし、俺が教えてやろう」
「え、マジで? どうするの?」
トヨヒサはマヒルのそばに立ち、胸の前で腕を組んだ。
「まずは背筋を伸ばせ」
マヒルは背を伸ばし、
「次にひざをつけろ」
地面にひざをつけ、
「手もつけろ」
両手を地面につけ、
「頭を下げろ」
頭を下げた。
トヨヒサは彼女に向かって、
「おもてをあげぇーい」
殿様のように言った。
ゴスッ。
頭突きをされた。
脇腹に。
「痛いじゃろ」
「死ね! あんたなんか死ね!」
「ほんとに死にかけたぞ」
マヒルがふてくされたようにほほをふくらませる。
「せっかくあたしが念力を使って、サポートしてあげようと思ったのに」
「まったくもって余計なお世話じゃ」
鼻で笑うトヨヒサ。しかし、彼女の気遣いが、ちょっとだけうれしかったりもする。
すると小さな指が、トヨヒサに突きつけられた。
「だってあんた、力を使わないじゃない。というか、なんで使わないの? あ、もしかしてあんた――竜人じゃないの? エセ竜人なの?」
「そんなわけあるか。きっちりかっちり竜人じゃ」
「なら、念力を使って見せてよ」
困ったことになった、とトヨヒサは黒髪をかいた。
(……もしかしたら、使えるようになっとるかもしれんな)
ここ最近、自分の内面に変化が起きているような気がする。だからもしかしたら、今なら竜の力が使えるかもしれない。そう思って、トヨヒサは木の幹に手をかざした。
頭からつま先まで、まるで静電気のように身体中に帯びる思念の力を、皮膚を通じて物理的な力――念力に変換。突き出す掌に意識を集中させる。ほんのりと掌が熱くなり、そこから水のような透明な力があふれ、息を吐くように力場を形成――する寸前。
視界が漆黒に染まり、一対の赤い光点が出現。竜の瞳が闇の中から浮かび上がる。次いでトカゲのような顔が現われ、そのせり出した口の中に上半身だけのヒサヨが――。
吐き気。
トヨヒサはひざをつき、口元を手で押さえる。掌に集められた力は霧散した。
「ど、どうしたのよ?」
心配そうにマヒルが声をかけ、背中をさすってくれた。
やはりダメだった。ヒサヨが死んで以来、力を使おうとするといつもこうなる。妹を殺した竜と同じ力を使うことに、どうしようもない嫌悪感がわきあがってきてしまう。
(弱い。俺はとてつもなく弱く、臆病じゃ。どうしようもねえ……)
一人でうなだれていると、
「大丈夫? なんか、ごめんね。無理させちゃって」
「ああ、大丈夫じゃ。俺のほうこそすまなか」
トヨヒサは腰をあげ、深呼吸をする。すぐに落ち着いた。
そんな彼の様子を見ながら、
「やっぱり、あたしがいないとダメね」
なんてマヒルに背中を叩かれた。彼女なりに気を使ってくれているのだろう。しかしトヨヒサは、たよりないかもしれないが、俺が手前を守ってやる、なんて思った。
しかし素直に言う気はなく、
「力をまともに扱えるようになってから言え」
「あんたもね」