第三章 1
第三章
「ねえ、もう大丈夫なの?」
「大丈夫じゃない」
話を聞きおわったトヨヒサは、さっそく出発することにした。馬を引いて林の中から山道に戻り、鞍にまたがる。またがるときに脇腹の傷が苦痛を訴えてきて、顔をしかめる。
するとマヒルが心配そうな顔で見上げてくる。
「じゃあもうちょっと休んでもいいんじゃない?」
「いつ追手がくるかわからん。言っとくがあいつら、俺より強いぞ」
マヒルを引っ張り上げて、逃げ出したときと同じように、自分の前に座らせる。
「え、マジで?」
「しかも俺は傷を負っとるからな。まあ、十中八九負けるじゃろ」
「でもあんた、竜の力を使ってないじゃない」
「それは、まあ」
「なにか理由でもあるの?」
ある。しかしそれを言う気はなかった。
トヨヒサは馬の横腹を蹴り、走らせる。いきなりのことだったので、マヒルの身体が後ろに引っ張られて、トヨヒサの胸に後頭部をぶつけた。
「いたっ。走らせるときは、ちゃんと言いなさいよ」
「ざまあみろ」
鼻で笑うと、マヒルが唇をとがらせた。
「あんたってかわいくない。あたしは美少女だけど」
「それ、付け加える必要あったか?」
馬は曲がりくねった山道を、へばらないようペースを保って走る。
山道の右手には林があり、山頂に向かうにつれて木の背が段々と低くなっている。左手には丘陵の奥から昇る朝焼けで朱に染まり、どこか寂莫たる麓の景色があった。
「うわー、ひどいもんね」
山道から、小さなタタラの町が見下ろせた。
昨夜に激闘を繰り広げたその町は、痛ましい姿となっていた。石壁の中で整然と並んでいたはずの建物たちが、虫に食われた葉っぱのように、ところどころ抜けている。退廃的な雰囲気がただよっており、不謹慎だが、背徳的な美しさがあった。
「あれだけ派手にやりゃ、ああもなるわな」
「……あたしのせい、だよね」
胸元を手でつかみながら、マヒルがつぶやいた。
いつになくしおらしい彼女の姿に、トヨヒサは思わず目を丸くしてしまう。
「は?」
「あたしが町にきたから、あんな風になっちゃったんだよね」
「……そりゃ、三分の一くらいじゃ」
「三分の一?」
「残りは西軍の残党、あの女、あと俺が暴れた。ほれ、連帯責任ってやつじゃ」
するとマヒルが意外そうな顔で、こちらを見上げてきた。
「なぐさめてくれてるの?」
「勝手に思ってろ」
「あんたって、素直じゃないわよね。あと、口が悪いわよね。ぶっちゃけ顔も」
ゴツンッ!
「いたっ。殴るなんて最低よっ」
「悪口を言う、手前が悪い」