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竜侍  作者: 栗山明
第一章 2
17/30

第二章 13

――気づいたら、木の幹にもたれかかっていた。

ぼんやりとした視界の中で、背の高い木が乱立している。

(夢か……二週間ぶりくらい、かのう)

トヨヒサは立ち上がろうとして、脇腹の苦痛に顔をしかめた。

視線をそちらにやる。腹巻のようにして桃色の包帯が巻きつけられていた。いや、それは包帯ではなく着物の袖のようだ。乱雑に千切られたようで、切り口がギザギザだった。

 そしてその袖を解くと、おどろきで眉が跳ね上がった。

 石化していたはずの傷口が、赤い血肉に戻っていたのだ。

これはおかしい。

石化している部分を削り取ったのならまだわかるが、傷口の深さからいってちがう。石化した部位がそのまま肉に戻ったような様子だ。炎なら水をかければ消えるし、毒なら解毒すればいい。では石を治す方法はと言えば、砕いてその部位をあきらめるほかない。

(どうなってんじゃ、こりゃ)

 包帯を巻きなおしてから、意識を失う前にマヒルが脇腹に何かしていたことを思い出す。

「そういえばあいつ、どこに?」

 周囲を見回すが、背の高い木しか見当たらない。複雑に交錯する葉と枝の隙間から見える空は、薄闇に閉ざされていた。夜中、もしくは夜明け前のようだ。

少し肌寒い中、トヨヒサは斬竜刀を杖にして、あたりを散策することにした。

脇腹の傷は変わらず痛む。石化が治ったとはいえ、傷口が深いのには変わりない。脂による治療を行なえば、治りも早くなるだろうが、それをする気はないので我慢する。

(よう生きてたな……悪運、ちゅうやつかのう)

 なんて思いながら、杖を突き、足を引きずって歩を進める。

「きゃっ!」

短い悲鳴。

近くだ。

トヨヒサは声のするほうに向かい、前方の茂る草を突き抜けた。

目の前を流れる透き通った川。そこはタタラの町に向かって流れる川の上流だった。

そこで、マヒルは水浴びをしていた。

全裸で。

どうやら先ほど上げた悲鳴は、水浴びしているところで馬にちょっかいを出されそうになったらしく、彼女は馬の頭を手で押さえながら、こちらを見ていた。

貧相なマヒルの身体。胸も尻も小さく、まったく興味がわかない。

が、その胸元から腹にかけて刻まれた一本の古傷や、全身に無数の細かな傷跡が残っていることには、少し興味がわいた。

しかし全体的な評価としては、

「くだらん」

 ということで、背を向けて林の中に戻った。

 背後から「く、くだらんとはなんだっ!」と叫び声。それから彼女が走ってこちらにやってきた。急いで身につけたのか、桃色の着物は着崩れを起こしていた。

遊郭で着替えさせられたときの着物なので、着崩れのせいで色気アップと思いきや、中身が伴っていないので、ないに等しかった。

そしてやはりというべきか、彼女の着物の袖が肩ほどまでに短くなっていた。

それを見て、トヨヒサは一部が赤く染まった桃色の包帯をさわった。

「信じられない、乙女の肌を見るなんて。しかもくだらないってなによっ」

「クソガキの裸なんぞ見て、誰が喜ぶちゅうんじゃ」

「かーっ。むかつくっ! やっぱあんたむかつくっ」

 地団太を踏むマヒル。

 そんな彼女に、質問を飛ばす。

「手前、身体に傷があったみたいじゃが」

「あー、あれね。前に言ったじゃない。あの道者たちに実験されたって。それで色々ね」

 なぜか笑いながら、彼女は答えた。しかしその笑顔は、見ている者の心を抉る辛い笑みだった。いったい何をされたのか、それは聞かないことにした。

 重苦しい空気が流れそうだったので、話題を変えることにする。

「そうか。で、俺の身体に何をした?」

「え? なにが?」

「しらばっくれるな。この石化、これはどうやって元に戻した」

 するとマヒルはほほを指でかき、

「……やっぱ、説明しなきゃダメ?」

「腑に落ちんからな」

「でもさ、それ説明したら、あんた巻き込まれちゃうわよ? 関わりたくないんでしょ?」

 たしかに、こんな危険なことに関わりたくなどない。それは今でも変わらない。

しかしそれ以上に、マヒルを放っておけないという気持ちのほうが強くなっていた。

 もしかしたら、夢を見たせいかもしれない。マヒルが、妹に――ヒサヨに似ているせいかもしれない。でも、本当のところは、自分でもよくわからなかった。

 だからトヨヒサは、肩をすくめてこう言った。

「今更じゃろ」

「それもそっか」

 マヒルは苦笑した。

「んじゃ、話す。長くなるかもだから、さっきの川のところ行こう」

 林の中から移動し、二人で川原に腰かけた。

「どこから話そうかな。ていうか、あたしが捕まった経緯とかは話したよね? だから、そうだな。なんであたしが追われるか、ってことを説明しようかな」

「ああ」

「あいつらはあたしに逆鱗を飲ませた。でもただの逆鱗じゃなくてね、いくつもの逆鱗を配合させた混合逆鱗を飲ませたの」

「混合逆鱗、か。聞いたことあるな。一人でいくつもの息吹が使えるようになるとか、通常より念力が強化されるとか、そういうやつじゃろ? しかしそれはたしか、逆鱗の力同士が打ち消しあって、結局うまく行かないって聞いたけどのう」

「うん。でも、あたしはうまくいった。でもちがう形でうまくいってしまったの」

「どういうことじゃ?」

「あたしはいくつもの息吹を使えるわけでも、強い念力を身につけたわけでもない。あたしはね、すべてを中和する息吹を身につけてしまったの。突然変異ってやつらしいわ」

「は?」

「簡単に言うと、竜の力を消せるのよ。息吹、念力、脂の力、一切合切を中和できるの。だからあたしは竜や竜人に対して切り札になる、って実験していたやつらは言ってた」

 トヨヒサの手が、黒色の包帯に巻かれた脇腹にふれる。そういえば、遊郭で頭の中に声が響いたのを思い出した。思えばあれは、マヒルの念話だったのだろう。

「つまりこの脇腹の石化は、手前のその中和する息吹で治したってことか?」

「そういうこと。必死に何度も息吹を吐こうとがんばったかいがあったわ。あたし、すっごいがんばったんだからね? ぶっちゃけ治せたの、偶然よ、偶然。同じことをもう一回しろって言われても、たぶんできないと思う。けっこう難しいのよ、力を使うのって」

 ということは、遊郭での念話も偶然だったというわけか。危機に瀕して思念が強まり、それが無作為にあふれだしたのかもしれない。

ともあれ、中々にとんでもない話のようだ。たしかに、すべてを中和する力があれば、たとえ竜だろうと竜人だろうと赤子の手をひねるがごとく倒せる。

 その希少価値は、どれほどのものか想像がつかない。

「それであのイシダの残党たちは、手前を狙っているというわけか。でも手前をつかまえて、やつらどうするつもりなんじゃ? どっかに売りつけるんか?」

「なんかあの金髪のやつが言ってたけど、あいつらは戦争を望む亡霊って言ってた。で、あたしはその戦争の火種なんだってさ」

「戦争を望む……火種……イシダ・ミツナに仕えていた西軍の残党……ん」

 頭の中で、それらが糸でつながり、一つの塊となるイメージが浮かんだ。

漠然としているが、おそらくはこういうことだろう。

「かーっ、くだらんのう」

「わかったの?」

「あいつら、連邦戦争をまたおっぱじめようとしてるんじゃ」

「え?」

「西軍は負けたじゃろ? でもそれで納得いかないから、手前の力を利用して、かつての東軍の長、つまりはトクナガ・イエノスあたりに喧嘩を吹っかけるんじゃ。大体、えらいところのお抱えの兵やら武士ってのは、竜人が多いからのう。効果は絶大じゃ」

「え、そんなことするつもりなの? あいつら」

「おそらくじゃがな。主君のあだ討ちってところか。あいつら、熱心な道者っぽかったからのう。『忠』の教えに従って動いてとるのかもな」

「そんな理由であたしは竜人にされて、しかも追われているの? 最悪……」

 マヒルがため息をついた。

 自分勝手な理由で戦争の道具にされそうになれば、ため息の一つくらいはつきたくなるだろう。彼女の境遇と運の悪さに、トヨヒサは少しだけ同情した。

 ただそうなると――。

「あの女は、いったいなんじゃ?」

 デピュルと名乗った女。あの正体がつかめない。そのまま考えれば、マヒルの母親ということになる。自分でそういっていたからだ。ただし、マヒルは見ての通り西方系の血を引いており、女は東方系の人間の特徴である黒髪黒瞳だった。そしてなによりマヒルは、

「知らない。そもそもあたし、孤児だからね?」

「じゃあ手前が気づいていないだけで、本当の親かも知れんぞ?」

「親がわざわざ会いにきて殺そうとする?」

 それからしばらく考えてみたが、結局答えは出ずに、

「ま、わからないもんはわからんな」

「そうね」

 と、二人は合意したのだった。

 話が一段落ついたところで、マヒルが言った。

「でさ、改めてあんたにおねがいしたいんだけど、あたしのボディーガードになって」

 今更なことだった。トヨヒサの答えは、もう決まっている。

「石化を治してくれたこともあるしな」

「え、じゃあ」

「借りはきっちり返す主義なんじゃ」

「よしっ。さすが竜狩りの民。義に厚いわね」

「いたっ。脇腹を叩くな」

 トヨヒサが文句をいうと、マヒルはあっはっはと笑った。


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