第二章 11
前方の粉塵が晴れると、青竜刀を持った男はいなくなっていた。どうやらもう一人の仲間と思われる老人が助けにきたらしい。
デピュルは視線を落とし、自身の胴体半ばまで切り裂かれた脇腹を注目する。中々の腕前のようだ。脂を分泌して治癒力を高めつつ、脇腹を包帯状の力場で押さえ込み、止血する。それを行ないながらも、自分自身を浮かす念力を展開することも忘れてはいけない。
もし忘れたら、自重で平屋の屋根の底が抜けてしまう。
「愛しの娘を追わねば」
デピュルは、馬が走り去った方向に顔を向ける。
薄闇に溶けこむ小高いミノウ山が目に入った。
そちらのほうに歩き出そうとすると、笛の音が聞こえた。
眼下を見ると、緑の半袖同心羽織と竜鉄式小具足を着て、火縄銃や刀や槍をもった同心兵たちがわらわらと集まってくる。
そして合計で、三十八人の同心兵に取り囲まれた。
相手をするのは問題ないが、いかんせん、今は胴体が半分千切れかかっている。無理をすれば追跡に支障をきたすかもしれない。栄養を補給するひまもなさそうだ。
適当にあしらってから、追跡を再開するのがよさそうだ。
「まったく、下等種が。まったく、愚かしい。まったく、まったく、忌々しい」
そうつぶやく女に向かって、集まった同心兵たちが隊列を整えて、火縄銃を構えた。
「撃てっ!」
同心兵長の声が銃声でかき消された。
多数の鉛弾がデピュルに殺到し――その肌を貫く寸前で静止した。
デピュルの周囲を、多重展開された水泡のような念の壁が包み込んでいた。
そして次の瞬間、銃弾が丸ごと弾き返され、竜鉄の雨となって地上に降り注いだ。
運悪く頭部を抉られた同心兵はもんどりうって倒れ、竜鉄製帷子で防いだ同心兵は衝撃でよろめき、転んで回避した同心兵は第二陣に備えて刀を抜き放った。
今の反撃で減らせたのは、わずかに三十八人中、四人だけだった。
さすがは同心兵。税金で鍛えられているだけのことはある。
「やりあうのは、得策ぢゃないのう」
そういいながらも、デピュルは獲物を前にした肉食獣のように、舌なめずりをした。