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竜侍  作者: 栗山明
第一章 2
10/30

第二章 6

遊郭・山田亭の前に、ユルヨたちは立っていた。黒外套に士道衣を合わせた男の数は、ユルヨをふくめて七人。廃士道場で待機後、バラけていた仲間と合流したのだ。

「本当にここなのか? なぜ遊郭などにいるのだ?」

 白いひげをさすりながら、ゲンジロウが眉根を寄せる。

「わかりません。ですが〝声〟はここから聞こえました。あれほどに大きな〝声〟は、まちがいようがありません」

「……調べてみるか。チョウジとゲンガは裏を、デンバとスグルは表を張れ。わしとヨルユとアキは店内を調べる。ついてまいれ」

『御意に』

 ゲンジロウの命令に従って、それぞれが散開。風のような速さで四人の男がその場から消え、あとに残ったのは、ユルヨとゲンジロウとアキの三人だけであった。

 歩き出したゲンジロウにつづいて、ユルヨとアキも小橋を渡り、のれんをくぐった。

 通路が伸びていた。横手には籬があり、品定めをする男たちが群がっている。通路の先に、広々とした土間があった。そこには履物が並んでおり、一角には井戸が設置され、天井には紅葉や梅の花の絵が描かれていた。土間の先には板敷きの広間があり、そこの左右を貫く形で廊下が伸び、正面奥には階段があった。

 三人は籬の遊女たちの顔を確認したが、そこに実験体はいなかった。女が遊郭にいる理由といったら、遊女になって客の相手をする以外ないはずだ。

(とすると、今は客の相手をしているところか?)

 ユルヨは思考をめぐらせる。

 すると受付所の男が三人に気づき、手もみをしながら近づいてきた。

「いらっしゃいませ。失礼ですがもしや、道者の方々でしょうか?」

 武士道を信仰し、士道場に出家し、その証として士道衣をまとう者を道者と呼ぶ。

 受付の男の問いに、ユルヨが答える。

「そうだが、なにかまずいか?」

「いえいえ。道者の方がくるのはそんなにめずらしくないのですが、士道衣を着用してくる方となるとそうはいないので。お気分を害してしまったのなら、申し訳ありません」

「かまわん。それに女遊びをしにきたわけではないからな。人を探しているのだ」

「人、でございますか」

「ああ、小さな女だ。西方系で、十歳くらいの。ここにきているはずなのだが」

「おや、それでしたらたしか……」

 何かを思い出すように、受付の男が首をひねる。手ごたえはあり。

男が思い出すまで、ユルヨは待とうとした。

 すると正面奥の階段を、降りてくる人影があった。黒髪黒瞳の男は不機嫌そうな顔で、黒い着物と野袴を着用し、篭手や脛当てなど、朱色の竜鉄式小具足を身につけていた。

 黒髪の男――トヨヒサは忙しそうに廊下を走り回っている男衆の一人に、

「すまんが、俺の刀を取ってきてもらえるかのう」

「あ、お帰りですか?」

 そんなやり取りをはじめた。

「あの……男」

 ユルヨのそばで、アキが絞り出すように低い声を発した。途端に彼の身体から、危険な香りが立ち上る。ゲンジロウも気づいたようで、ハッとしてアキを見た。

よせ――とユルヨが言う前に、アキの糸目が見開かれた。

彼の胸郭がふくらみ、その口から火炎が吐き出された。

空気を焦がす赤い奔流に、トヨヒサとその近くにいた男が気づく。

トヨヒサはとっさに横転し、もう一人の男は棒立ちで火炎に飲み込まれた。

燃える牙は悲鳴を食い千切り、壁に食いつき、建材を糧に燃え盛る。

突然の凶行に、籬にいた遊女が金切り声を上げ、品定めしていた男たちが逃げ出す。そばにいた受付の男も、その波に紛れて外へ。

一瞬の間に、玄関は狂騒に包まれた。

(無茶をするな)

 そう思うユルヨの視界で、板敷きを必死に転がるトヨヒサの姿が映った。逃げおくれた着物の裾に燃え移った火が、地面に押しつけられて消火された。

「なんだ手前っ。手前なんだこの野郎っ! なにを、なにをしやがるっ」

 焦げた臭いを発しながら、トヨヒサが怒り狂った鬼の顔で叫んだ。

 間断おかずにアキが疾走。黒外套を投げ捨て、その下に隠していた肉厚な双刀で斬りかかる。二条の銀光が食い込む前に、トヨヒサは飛び退いてかわす。

 業火で半身を照らしながら、二人は相対する。

 トヨヒサがアキの糸目顔を見て、その眉を跳ね上げた。

「手前、見た顔じゃな」

「貴様が殺した二人は、僕の兄だ。仇をとらせてもらおうか」

 トヨヒサの顔に理解の色が広がり、それから犬のクソを踏んづけたような表情になる。

「他を当たれ、クソボケ。おとなしくあのクソガキでも捜してろ、細目盗賊」

「知るか、知るか、知るかっ! 実験体のことはもういい、もういい。僕は、そんなことよりも、おまえを殺す。兄たちのために、その首を刎ねて晒してやるっ」

「暑苦しいやっちゃのう」

 彼のつぶやきは、アキの火炎にまぎれた。転がってそれを避けたトヨヒサの背後で、壁が焼け落ちる。そして二人は平行して走り、戦いの舞台を玄関から廊下に移した。

 なし崩しとはいえ、楽しいことになってきた。

それにようやくあの男――シマヅ・トヨヒサと戦える。

ユルヨは腰に佩いた青竜刀の柄に手をおき、

「戦いはアキに任せるのだ。ユルヨ、お前は実験体を探せ」

 ゲンジロウに制されてしまった。

 柄に手をおきながら、ユルヨは目を細め、しばらくの間、二人が走り去った廊下を見つめる。ここからでは音しか聞こえないが、きっと二人は闘争を享受しているのだろう。

(いい死に場所を見つけたと思ったが……まあいい)

 今はゲンジロウに従うことにした。もし自分の知っているシマヅ・トヨヒサなら、アキごときに負けはしない。連邦戦争で『捨てがまり』をしながら生き残ったあの男なら。

 そしてアキを殺したあとは、いよいよ自分と戦うというわけだ。

 死に場所が、確実に、足音を立てて、近づいてきている。

 静かなる興奮を胸に、ユルヨは頭を軽く下げた。

「では、自分は二階と三階を探してまいります。ゲンジロウ殿は一階をお願いします」

「うむ。任せたぞ」

 ゲンジロウを後にして、ユルヨは正面奥の階段に向かう。そこら一帯は炎が燃え広がっていたが、周囲に念力の壁を張り巡らせることで、炎の侵攻を防ぐことができた。

 水泡に守られているようだった。その状態で、ユルヨは悠々と燃える階段を上った。


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