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竜侍  作者: 栗山明
第一章 2
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プロローグ

この作品は第二十四回ファンタジア大賞で一次落ちしたものです。よろしければ、感想、長所、短所、なぜおちたかといった推測等をいただきたいと考えています。※ご指摘をいただいたので、章を細かくわけて読みやすくしました。

  序章


置行灯の火が、牢屋の中をぼんやりと照らしている。壁や天井は鈍い光沢を放ち、ひんやりとしている。そんな牢屋の格子扉を、少女が蹴りつけていた。

「うりゃりゃりゃりゃっ!」

 桃色の単着物から伸びる足で扉を蹴る。頭の後ろで結われた金毛が跳ね、キックの数が三桁を超えたあたりで、ようやく少女は一息ついた。

「んもっう、なんなのよっ」

 扉に背を向け――しかしやっぱりむかついたのでもう一回、蹴りをかます。でも開かない。あきらめて冷たい壁に背をつけ、ひざを抱えた。

 牢屋にぶち込まれてから、どれくらい経っただろうか。

長い間、お日様をあびていない。

ここのところあびた光は、行灯の火、もしくは太陽灯とかいう――吸収した日光を放出して照明とする竜の財宝――道具の光くらいだった。

「あー、むかつく。はらわたが煮えくり返ってひっくり返りそう」

 少女――マヒルはつぶやき、再び格子扉に碧眼を向けた。

(硬いわね……竜の脂をぬりこんだ竜鉄製なのかな? もっかい蹴ってみようかな)

 そのおり、マヒルのとがった耳が、ぴくりと動く。

ずんっ、と低音が腹の底に響き、ゆれる天井からほこりが落ちてくる。

(まーた、変な実験してんのかな?)

 頭上を見上げる。

爆弾が炸裂したように、天井が爆発。

木屑や竜鉄の瓦礫に混じって、何かが落ちてきた。

目をぱちくりさせながら、落下したそれに近寄り、マヒルは息をのんだ。

男が横たわっていた。胸から、太刀と小刀が交差する銀十字刀のネックレスを下げており、白装束――士道衣を着ている。その士道衣の左胸には大穴が開き、そこからこぼれる血潮が、士道衣を真っ赤に染め上げていた。

死んでいるようだ。

横たわる男のふところから、人間の手ほどの大きさもある竜の牙がすべり落ち、床に当たって澄んだ音を立てた。お守りか何かとしてもっていたのかもしれない。

マヒルはそれをひろいあげ、次に死んだ男の顔を見た。

男の顔には見覚えがあった。

実験室で、マヒルの身体に苦痛を与えてきた男の一人だ。

憎むべき相手だが――。

(ご愁傷様でしたっと)

武士道の教えの一つ『仁』の心を持って相手の死をいたむことにした。

でもひろった牙は、ちゃっかりと着物の奥にしまいこんだ。

 天井に開いた大穴の中で、黒煙と火炎が飛び交っている。危険かもしれないが、牢屋にいるよりはマシだ。床に散乱する瓦礫を、穴の下に積み上げる。ある程度の高さになったところで、不安定なその天辺に乗り、バランスをとってジャンプ。

足元の歪な塔が崩れ、伸ばした手で穴の縁をつかんだ。

「ふんにゅううっ」

 足をバタバタさせながら、なんとかよじ登った。

熱風がほほに叩きつけられ、煙たさに思わず口元を袖でおおう。

 炎で彩られた部屋をぐるりと見回す。

置行灯や箪笥のほかに、壁にかけられた巨大な銀十字刀、『義・勇・仁・礼・誠・忠・名誉』の教えが書かれた道書といった物が、炎に飲み込まれていた。

と。

燃える丸窓を見つけた。ゆらめく炎越しに、外の様子がうかがえる。

闇に閉ざされた空と、炎に照らされてほほをそめる森が広がっていた。

夜の森は見通しが悪い。

逃亡にはもってこいだ。

「ここがどこなのかわからないけどさ……いくしかないっしょっ!」

 マヒルは両手を交差させ、丸窓から飛び降りた。着地と同時に転がる。

「さすがあたし――うわっちゃっちゃ!」

 袖に燃え移った火に気づき、あわてて地面にこすりつける。すぐさま消火。荒んだ牢屋生活で、この着物だけは気に入っていたので、無事でよかった。

 思った矢先、地面のすぐそばに出っ張りがあるのに気づく。

不自然に盛り上がったそこから、腐りかけの指先が飛び出していた。

雑に土葬された死体だった。

目からこぼれそうになる深い悲しみ。しかし唇をかんでこらえる。

「死んでたまるか。ちくしょうが」

走った。

森の中まであと少しというところで――うなじがひりつく感覚を覚え、振り返った。

炎上する建物が二つあった。一つは、先ほどまでマヒルがいた二階建ての家屋。そしてもう一つは、丸々と太ったような横長の士道場だった。

 その炎上する士道場が、内側から弾け飛んだ。

 爆風に押されてマヒルは跳ねるように転び、木の幹に頭をぶつけて止まった。

「いっ……たぁ」

涙を浮かべる碧眼に、幻想的な風景が映る。

降りしきる火の雪の中に、それはいた。

トカゲに似た頭で、顎は大きく頑強そうだった。瞳孔の細い瞳は赤く、ひたいから四本の鹿のような角が生えている。灰色の鱗におおわれた胴体の背中には、魚のような背ビレが並んでいた。地面を踏みつける四足や、尻から伸びる尾は、太くしなやかだ。

その地を這う生物の全長は、三階建ての建物――十メトル程度だろうか――ほどだ。

竜である。

人類の天敵にして、地上最強の生物だ。

すると竜が天空に向かって咆哮し、四足で地面を踏み鳴らした。

叫びで大気が震え、地団駄で大地がもだえた。

吹き荒れる風に髪や衣服がかき乱され、震動のせいでまともに立てずに転がってしまうマヒル。心臓の動悸が速まり、全身の血が吹雪にさらされたように冷えた。

「騒ぎの原因はあれだったのね……さっさと逃げよ」

 暴れる竜に背を向け、こけないように腰を低くして、マヒルは森の中に飛び込んだ。


       ※


 士道場の裏手にある丘の上で、ユルヨは竜が咆える姿をながめていた。そして竜が地団駄を踏むと、その震動は微弱ながら、こちらまで届いていた。

(まったく、たまらんな。桁外れだ。ここを……私の死に場所とするか?)

闘争の意欲がわいてくる。

腰に差した青竜刀を手に、竜に斬りかかりたくなった。

「何をしておる、ユルヨ。物欲しそうな目で、何故に竜を見ている?」

 後ろから声をかけられ、ユルヨはとがった耳をぴくりと動かす。

 しわだらけの顔に、白い口ひげをたずさえた老人が、こちらを見ていた。

ユルヨは金色にかがやく髪をゆらし、軽く頭を下げた。

「いえ、なんでも。なんでもありませんよ、ゲンジロウ殿」

老人――ゲンジロウがうなずき、自分の周囲に立つ、男たちを見回す。

そこにはユルヨとゲンジロウをふくめて、合計で八人の男がいた。

 全員が胸から銀十字刀のネックレスを下げ、純白の士道衣を着用している。そしてその上に黒外套を重ね、各々が持つ武器をその下に隠していた。

「わしをふくめ、生き残ったのはこれだけか……」

「そのようですね」

 ユルヨが相槌を打つと、

「いったいなんなのだ。アレは、あの竜はっ」

 ゲンジロウが顔を醜くゆがませて、丘の下で暴れる竜を見据えた。

 すると、

「ぼくらの動きに気づいたトクナガが送り込んできた竜だったりしてー」

糸目のチビ男が、のんきな口調で言った。

「竜を制御したと? そんなことができるというのか?」

 懐疑的に、太った男が反論した。

「というか、人間が竜を制御するなんて億万年かかっても無理さね」

軽快な口調で、やせた男が横から口をはさんだ。

「だよねー。じゃあれは、単なる偶然の気まぐれってことかな?」とチビ男。

「竜にとって人間は単なる食。それが妥当だろう」と太った男。

「つまらぬ答えさね。まるで俺らの顔のようだ」とやせた男。

「そこらへんにせよ、うぬら」

 ゲンジロウがそういうと、それまで会話していた三人はおしゃべりをやめた。ちなみにこの三人、体つきは別々だが、三つ子なので、その顔は非常に似通っていた。

 老人が遠い目つきで、丘の下を見つめる。

「こうなってしまっては、施設は捨てるしかあるまい。だが、あきらめるわけにはいかない。悲願成就のために、十年前の恨みを晴らすために、わしらはつづけねばならぬ」

「逆鱗と資料のほうは回収したのですか?」

 ユルヨが聞くと、ゲンジロウは首を振って否定した。

「いや、あの騒ぎですべて燃えてしまった。一切合切、燃え尽きた。しかし、まだ実験体がおる。あれがあればいい。あれさえあればいい。施設も設備も、金があれば容易く作れる。しかしあの切り札は唯一無二なのだ。ゆえにあれだけは、何があろうと失えぬ」

 老人がつぶやいたときだ。

外套をはためかせて、丘を駆け上がってくる男がいた。彼はこちらに合流するや否や、ゲンジロウの前で片ひざをつき、

「――報告があります。ゲンジロウ殿の命を受けてから地下牢に行ったところ、すでに実験体三百八號の姿はありませんでした。牢の天井に穴があったので、そこから逃げたかと」

 報告を受けたゲンジロウの顔が、悪鬼のような有様となった。

「……探すのだ。今すぐ、アレを、切り札を、我らの革命の鍵を取り戻せ。貴様らの代わりはあっても、実験体の代わりはない。分かったら走れ、今すぐ、風のようにっ!」

 口角に泡をためて叫ぶ老人の姿に、

(自分も似たようなものだろうに)

と、ユルヨは内心呆れる。

しかしこの老人は、この場にいる全員が『忠義』を尽くした武士の忠臣だった。それがわかっているからこそ、全員が老人に従う。しかしユルヨだけは、ゲンジロウといると強敵との戦いに恵まれる、という別の理由で従っているのだった。

ユルヨが発言する。

「私とゲンジロウ殿とアキは北を。残りは二人組みを作り、東、西、南に分かれて捜索に当たれ。連絡や報告は念話で行なう。いいな?」

 六人の男たちが、それぞれ散開した。

後に残ったのは、ユルヨとゲンジロウ、それに三つ子のひとりである糸目のチビ男――アキの三人だった。

「いやー、この感じ、山狩りを思い出しますな。といってもこちらは狩られる側でしたが」

 愉快そうにアキがつぶやくと、逆にゲンジロウは不愉快そうに眉根をよせた。

「これは遊びではないのだぞ、アキよ」

「わかっていますよ、ゲンジロウ殿」

 そうして三人は、北のほうへと走り出す。

 いつの間にか震動はおさまっていた。

ユルヨはちらりと丘の下を見たが、そこに竜の姿はなかった。


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