『不作の責任を取れ』と痩せた辺境へ追放された地味な王女ですが、大好きな土いじりで町を花畑に変えたら、なぜか領主さまに溺愛され、国が飢え始めても帰る気はありません
一
「リゼル。此度の大凶作、その責任は、お前にある」
謁見の間で、宰相の冷たい声が響いたとき、わたしは驚かなかった。ああ、やはりこうなるのか、と思っただけだった。
第三王女リゼル・アーレンフェルト。それが、わたしの名だ。
王女とはいっても、この国で、わたしを王女として扱う者はほとんどいなかった。二人の姉は美しく聡明で、社交界の花だった。それに比べてわたしは、宮廷の華やかな場が苦手で、いつも王宮の菜園や温室にこもって、土をいじってばかりいた。
「王女ともあろう者が、庭師の真似事とは、嘆かわしい」
そう陰口を叩かれても、わたしは気にしなかった。土に触れている時間が、何より好きだったから。
けれど、誰も知らなかった。その菜園と温室が、実は王国の食を、静かに支えていたことを。
わたしには、少しばかり、変わった力があった。手をかざせば、痩せた土でも作物が育ち、枯れかけた植物が息を吹き返す。植物の声を聞き、その育ちを助ける、地味な力。派手さはないけれど、この力で、わたしは王宮の食糧庫を、絶やさず満たし続けてきた。
だから、その年の異変にも、真っ先に気づいていた。
「宰相さま。今年は、土の様子がおかしいのです。このままでは、秋に大きな不作が来ます。今のうちに、備蓄の放出と、種の入れ替えを」
わたしは、何度も進言した。けれど、重臣たちは、庭いじりの王女の戯言と、まともに取り合わなかった。
そして――秋、わたしの警告どおり、王国は歴史的な大凶作に見舞われた。
責任を問われることを恐れた重臣たちは、格好の生贄を見つけた。日頃から「菜園に詳しい」とされていた、地味な第三王女。わたしだ。
「王女リゼルが、菜園の管理を怠ったがゆえの、凶作である」
そういう筋書きが、あっという間に、出来上がった。
「よって、王女リゼルを、辺境のエルデ地方へ追放する。かの地で、己の罪を悔いて暮らすがいい」
エルデ地方。国の最果て、痩せた土地しかないと言われる、忘れられた辺境。そこが、わたしの流刑地だった。
宰相の宣告を、わたしは静かに聞いていた。
不思議と、悲しくはなかった。むしろ、胸の奥が、そっと軽くなるのを感じていた。
だって、それは――誰にも咎められず、思う存分、土に触れられる場所へ、行けるということだったから。
二
エルデ地方は、噂どおり、荒れ果てた土地だった。
痩せて硬い土。まばらな草。うつむいて暮らす、貧しい人々。かつては豊かだったというその土地も、今は、見る影もなかった。
「ようこそ、エルデへ。……と言いたいところですが、ご覧のとおり、何もない町です。王女殿下には、さぞ、退屈でしょうね」
わたしを出迎えたのは、この地を治める若き領主、リヒト・エルデだった。
日に焼けた肌に、くしゃりと笑う、人懐こい顔。冷たく気取った宮廷の貴族たちとは、まるで違う。土にまみれた作業着を着て、自ら畑に出ているという彼は、太陽みたいな人だった。
「退屈だなんて、とんでもない」わたしは、思わず声を弾ませた。「こんなに広い土地。しかも、こんなに手入れのしがいのある土。……胸が、躍りますわ」
リヒトが、きょとんと目を丸くした。
「胸が、躍る……?」
「ええ! ねえ、領主さま。あの、あちらの畑、お借りしてもよろしいですか。ずっと放置されているみたいですけれど」
「か、構いませんが……あそこは、もう何年も、何も育たない、死んだ土ですよ」
「いいえ」わたしは、微笑んだ。「死んでなど、いませんわ。ただ、少し、疲れているだけ」
わたしは、さっそく、その畑に向かった。硬い土に、そっと両手を当てる。目を閉じ、土の声に、耳を澄ませる。
――ああ、かわいそうに。ずっと、乾いていたのね。
わたしは、そっと、力を注いだ。命を慈しみ、育む力。土に、水に、眠る種に、静かに語りかける。
すると。
数日後、その死んだはずの畑から、一斉に、若葉が芽吹いた。
それを見た町の人々が、目を丸くして、集まってきた。
「な、なんだこりゃ! あの、何年も死んでた畑に、芽が!」
「王女さまが、手を当てただけで……!?」
リヒトも、驚きに目を見開いて、芽吹いた畑と、わたしを、交互に見ていた。
「これは……あなたが?」
「ええ、少しだけ、お手伝いを」わたしは、照れながら答えた。「この土地は、まだ、生きています。ちゃんと世話をしてあげれば、きっと、豊かに実りますわ」
リヒトが、ゆっくりと、破顔した。その笑顔は、本当に、太陽みたいだった。
「すごい……あなたは、すごいですね、リゼルさま!」
宮廷では、一度も向けられたことのなかった、まっすぐな称賛。わたしの胸が、じん、と、温かくなった。
三
それからのエルデは、日に日に、姿を変えていった。
わたしは、町中の畑を、一つずつ蘇らせていった。痩せた土に合う作物を選び、育て方を町の人に教え、力を注いで、実りを助ける。荒れ地には花を咲かせ、枯れた井戸のそばには、水を好む木を植えた。
菜園の隅には、小さな薬草園も作った。宮廷で学んだ知識で、様々な薬草を育て、それを煎じて、町の病人に配って回る。長く咳に苦しんでいた老人が、薬草茶で楽になったと涙を流したときは、わたしまで、泣きそうになった。
町は、みるみる、豊かになっていった。
痩せていた畑は緑に染まり、市場には新鮮な野菜が並び、うつむいていた人々の顔に、笑顔が戻っていった。荒れ地だったエルデは、いつしか「花咲く町」と呼ばれるようになった。
そして――リヒトは、いつも、わたしのそばにいた。
「リゼルさま、無理はしないでくださいね。ほら、今日はもう十分働きました。休憩しましょう」
彼は、いつも、わたしを気にかけてくれた。重い荷物は率先して運び、日差しが強い日には、そっと日陰を用意してくれる。
「リゼルさまが来てくれてから、この町は、本当に変わりました。いや、町だけじゃない。……俺も、変わった気がします」
ある夕暮れ、実り始めた麦畑を二人で眺めながら、リヒトが、ぽつりと言った。
「毎日が、こんなに楽しいのは、初めてです。あなたが土に触れて、嬉しそうに笑うのを見ていると……俺まで、幸せな気持ちになる」
彼の、飾らない言葉に、わたしの頬が、ほんのり熱くなった。
「わたしのほうこそ……感謝しています、リヒトさま」わたしは、静かに言った。「宮廷では、わたしのすることなど、誰も見てくれませんでした。土いじりなんて、と、笑われて。でも、この町では、みんなが、わたしを認めてくれる。あなたが、わたしの力を、すごいと言ってくれる。……それが、どんなに嬉しいか」
「当たり前じゃないですか」
リヒトは、少し怒ったように、けれど優しく、言った。
「あなたは、すごいです。この痩せた土地を、こんなにも豊かにしてくれた。何より――あなたが、まっすぐで、優しい人だから。俺は、あなたの力だけじゃなく、あなた自身を、尊敬しているんです」
夕日を背に、彼は、少し照れたように、頬をかいた。
「……いや、尊敬、というのは、少し違うかな。もっと、その……」
彼が言いかけた言葉の続きは、風にさらわれて、聞こえなかった。けれど、その赤らんだ顔を見れば、続きが何なのかは、なんとなく、わかってしまった。
わたしも、きっと、同じくらい、顔を赤くしていたと思う。
四
エルデが花咲く町へと生まれ変わっていた、その頃。
わたしを追放した王国では、静かに、異変が進行していた。
わたしが去ったあと、王宮の菜園と温室は、あっという間に枯れ果てた。誰も、あの豊かな実りが、地味な第三王女の力によるものだったとは、気づいていなかった。管理を引き継いだ庭師たちは、なぜ作物が育たないのか、まるで見当がつかなかった。
王国の食糧庫は、日に日に、寂しくなっていった。前年の大凶作の傷も癒えぬまま、翌年の実りまでもが乏しく、国は、じわじわと、飢えの影に覆われていった。
そして、ようやく、重臣たちは気づき始めた。あの地味な王女こそが、王国の実りを、支えていたのだと。
ある日、エルデの町に、王家の紋章を掲げた馬車が、慌ただしく到着した。
「リゼル王女殿下! お迎えに上がりました!」
宰相の使者が、必死の形相で、わたしの前にひざまずいた。
「先の追放は、まったくの誤りでございました! 真の原因は、殿下の警告を無視した、重臣たちの失策。殿下には、なんの罪もございません! どうか、どうか、王宮へお戻りください! 殿下のお力なくして、王国は……!」
追放を宣告したときの、あの冷たさは、跡形もなかった。彼らは今、飢えに苦しむ王国を救うため、必死に、わたしに縋っていた。
わたしは、静かに、使者を見下ろした。
かつては、認めてほしかった。わたしの警告を、聞いてほしかった。この地味な力を、価値あるものだと、知ってほしかった。
けれど――もう、いい。
「顔を、お上げになって」わたしは、穏やかに言った。「王国の窮状は、お察しします。飢える民のことを思えば、胸が痛みます」
使者の顔が、ぱっと明るくなる。けれど。
「ですから、こうしましょう。エルデで採れた作物と、育て方の手引きを、王国へ送ります。薬草も、必要なだけ。飢えた民が救われるよう、できる限りの協力は、いたします」
「で、では……!」
「ですが、わたし自身が、王宮へ戻ることは、ありません」
使者が、息を呑んだ。
「わたしは、一度、この国に、罪人として捨てられた身です。誰一人、わたしの言葉を信じてはくださらなかった。地味な庭いじりだと、嗤われ続けた。――今さら、力が必要になったからと戻ってこいと言われても、行く場所は、もう、ここにしか、ありませんの」
わたしは、傍らに立つリヒトを見た。彼は、力強く、頷いてくれた。
「わたしの居場所は、この花咲く町です。わたしを、罪人ではなく、一人の人間として迎えてくれた、この場所。――ここが、わたしの、帰る家なのです」
使者は、それ以上、言葉を継げなかった。作物と手引きだけを受け取り、肩を落として、去っていった。
民のために、協力はする。けれど、わたしの心は、もう、決まっていた。
五
使者が去ったあと、リヒトが、そっと、わたしの隣に立った。
「よかったんですか。……王女に、戻れる機会だったのに」
「ええ」わたしは、迷いなく頷いた。「あちらには、わたしの居場所は、ありませんもの」
「でも」リヒトが、少し不安そうに、言葉を選ぶ。「こんな辺境の、貧しい町で。王女だったあなたが、本当に、いいんですか」
わたしは、彼のほうへ、向き直った。
「リヒトさま。わたし、宮廷にいた頃、ずっと、息苦しかったのです」
夕暮れの風が、実った麦を、さらさらと撫でていく。
「華やかに振る舞えと言われ、土いじりを笑われ、わたしの言葉は、誰にも届かなかった。あそこでのわたしは、いてもいなくても、同じ存在でした。……でも、ここは、違う」
わたしは、目の前に広がる、緑と花の町を、見渡した。
「ここでは、わたしのすることに、意味がある。わたしの力が、誰かの笑顔になる。町の人たちが、わたしを必要としてくれる。そして――あなたが、いてくれる」
言いながら、頬が、熱くなった。けれど、もう、言葉を止めなかった。
「わたし、ここへ来て、初めて知りました。自分の居場所が、こんなにも、温かいものだと。……ここが、いいんです。ううん、ここが、いい」
リヒトが、しばらく、わたしを見つめていた。それから、ゆっくりと、太陽みたいに、笑った。
「……ずるいなあ、リゼルさまは」
「え?」
「そんなふうに言われたら、俺、もう、我慢できなくなる」
彼は、少し照れながら、けれど、まっすぐに、わたしの手を取った。日々、土に触れて働く、大きくて、温かい手だった。
「リゼルさま。この町で、ずっと、俺と一緒に、生きてくれませんか。領主として、じゃなく――一人の、リヒトとして。あなたに、そばにいてほしい」
わたしは、その言葉に、胸がいっぱいになった。
宮廷で、地味だと嗤われ、罪人として捨てられた、わたし。そのわたしを、この人は、力ごと、心ごと、まるごと、望んでくれている。
「はい」わたしは、彼の手を、両手で、しっかりと握り返した。「喜んで。――ずっと、あなたと、この町で」
リヒトの笑顔が、いっそう、輝いた。それを見ていた町の人々が、いつの間にか集まって、わっと歓声を上げる。祝福の声が、花咲く町いっぱいに、広がっていった。
終
その年の秋。エルデは、かつてないほどの、豊かな実りに包まれた。
黄金の麦畑。色とりどりの花畑。市場にあふれる、みずみずしい作物。うつむいていた人々は、もう、どこにもいなかった。誰もが、笑顔で、この豊かな大地の恵みを、分かち合っていた。
わたしは、リヒトと二人、実りの畑を、並んで歩いていた。
「信じられないな」リヒトが、しみじみと言った。「あの、死んだような土地が、たった一年で、こんなに」
「土地は、応えてくれるのです」わたしは、微笑んだ。「大切に世話をすれば、必ず。……人も、きっと、同じですわ」
大切にされれば、応える。認められれば、花開く。宮廷で枯れかけていたわたしが、この町で、こんなにも生き生きと笑えるようになったのが、何よりの証だった。
「なあ、リゼル」いつしか、彼は、わたしを名前で呼ぶようになっていた。「あの日、あなたが追放されて、この町に来てくれて……本当に、よかった」
「ふふ。それは、わたしのほうこそ」
わたしは、青く澄んだ空を、見上げた。
一年前、わたしは、すべてを奪われて、この辺境へ流された。罪人として、笑い者として。あの日は、人生の終わりのように、思えた。
けれど、違ったのだ。
あれは、終わりではなく、始まりだった。わたしを縛っていた、息苦しい場所から、わたしを、解き放ってくれた。
もし、あのまま宮廷にいたら。わたしはきっと、一生、誰にも認められず、自分の居場所も、この温かい人も、知らないままだった。
「追放されて、よかった」
わたしは、心から、そう思う。
だってそのおかげで、わたしは、たどり着けたのだから。
思う存分、大好きな土に触れられる、この大地に。わたしを、まるごと必要としてくれる、この人の隣に。
黄金の麦畑を、暖かな秋の風が、渡っていく。
わたしの、本当の人生は――ここから、始まったのだ。




