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処刑前夜に戻った私、今度は断罪の場で泣きません ~証人は全員、先に買収しておきました~

作者: 看板猫
掲載日:2026/09/01

冷たい雨が、容赦なく石畳を打ち据えていた。


灰色の空から降り注ぐ水滴は、セレスティアの艶やかな銀髪を濡らし、泥に塗れたドレスに染み込んでいく。広場を埋め尽くす群衆のざわめきが、雨音に混じって不気味な唸り声のように響いていた。


「私は何もしていません! どうか、どうか信じてください!」


縛られた両腕を引きちぎらんばかりにもがきながら、セレスティアは叫んだ。喉が裂けそうなほどの悲痛な訴えだった。しかし、その声は誰の心にも届かない。


処刑台の上段から彼女を見下ろすのは、王太子エドワードだった。金髪碧眼の華やかな容姿は、今は冷酷な優越感に歪んでいる。彼の腕には、小動物のように震える男爵令嬢リリアがすがりついていた。


「見苦しいぞ、セレスティア。お前の罪は明白だ」


エドワードの冷ややかな声が、広場に響き渡る。


「リリアに対する数々の嫌がらせ、そして公金の横領。証人たちの言葉が何よりの証拠だ。もはや言い逃れはできまい」


「違います! 私は横領などしていません! 証人たちは嘘をついているのです!」


必死に首を振るが、群衆からは嘲笑と罵声が飛んでくるだけだった。誰も彼女の言葉に耳を貸さない。大勢の面前で自分の言葉が全く届かず、一方的に罪人に仕立て上げられる。それは、セレスティアにとって最も恐れていた状況だった。


(なぜ、こんなことに……)


公爵令嬢として、国のために尽くしてきたはずだった。エドワードのずさんな財政管理を補い、実務を取り仕切ってきたのは自分だ。それなのに、なぜ自分が処刑されなければならないのか。


「執行しろ」


エドワードの無情な命令が下る。処刑人が大剣を振り上げた。鈍い銀色の刃が、雨粒を弾きながら空高く掲げられる。


「いや……やめて……!」


涙が溢れ出し、視界が滲んだ。冷たい刃が振り下ろされる。首筋に走る圧倒的な痛み。そして、世界は暗闇に沈んだ。


◆ーーーー◆


「……っ!」


荒い呼吸を繰り返しながら、周囲を見回す。冷たい雨も、群衆の嘲笑も、首筋の痛みもない。そこにあるのは、見慣れた天蓋付きの柔らかいベッドと、上質な調度品で整えられた自室だった。


震える手で自分の首に触れる。傷一つない、滑らかな肌の感触があった。夢だったのだろうか。いや、あの痛みと絶望感は、決して幻などではなかった。


ベッドから滑り降り、窓際のデスクに向かう。卓上のカレンダーに目を落とし、セレスティアは息を止めた。


日付は、あの忌まわしい断罪劇のちょうど一年前を示していた。


「……戻ってきたの?」


信じられない思いで、手元の書類をめくる。領地の収支報告書、学園の行事予定表。どれも一年前の今日、自分が処理していたものばかりだ。


膝から力が抜け、その場にへたり込む。両手で顔を覆うと、前世の処刑台での無力感がフラッシュバックした。涙が込み上げてくる。


しかし、セレスティアは強く唇を噛み、その涙を乱暴に拭い去った。


(泣いて何になるというの。泣けば許されるとでも?)


前世では、突然の断罪に戸惑い、ただ泣き寝入りするしかなかった。自分の運命を他人の善意や気まぐれに委ねた結果が、あの惨めな死だ。


氷のように冷たい青い瞳に、確かな決意の光が宿る。


「もう二度と泣かない。私の運命は、私が決める」


感情論ではなく、確固たる証拠に基づいて判断すること。それが彼女の譲れない価値観だった。ならば、復讐もまた、実務と証拠で完璧に成し遂げなければならない。


セレスティアは立ち上がり、身だしなみを整えると、卓上のベルを鳴らした。


数分後、静かなノックの音と共に、一人の青年が部屋に入ってきた。漆黒の髪を整え、銀縁眼鏡の奥に鋭い知性を光らせる長身の男。筆頭執事のギルバートだ。


「お呼びでしょうか、お嬢様」


一糸の乱れもない執事服姿で、彼は深く一礼した。常にポーカーフェイスで感情を表に出さないが、実務においては冷酷なまでに有能で隙がない。セレスティアにとって、最も信頼できる腹心だった。


「ギルバート。あなたに頼みたいことがあるの」


セレスティアはデスクの前に座り、彼を真っ直ぐに見据えた。


「一年後、王立学園の卒業パーティーで、私は王太子殿下から婚約破棄を言い渡されるわ。そして、身に覚えのない罪を着せられ、処刑される」


突拍子もない言葉に、普通の人間なら正気を疑うだろう。しかし、ギルバートは表情一つ変えなかった。ただ静かに、次の言葉を待っている。


「彼らは私を陥れるために、偽の証人を用意するはずよ。だから、その証人たちを全員、先に買収しておくの」


セレスティアは引き出しから白紙の束を取り出し、羽根ペンを握った。


「公爵家の豊富な資金力と、私たちの実務能力をフル活用するわ。感情論の入る隙など一ミリもない、完璧な物理的証拠を集めるのよ」


ギルバートの眼鏡の奥で、微かに光が反射した。彼は胸に手を当て、恭しく頭を下げる。


「御意のままに。お嬢様の望む未来を、必ずやこの手で盤石なものにいたしましょう。まずは、どこから手を付けますか」


「手始めは、身内からよ」


セレスティアは冷たい微笑を浮かべ、一枚の紙に名前を書き込んだ。


◆ーーーー◆


数日後。公爵家の執務室に、一人のメイドが呼び出された。


そばかすのある地味な顔立ちの少女、クロエだ。彼女はいつもおどおどと視線を彷徨わせており、今日も不安げに両手を前で組んでいた。


「お、お呼びでしょうか、セレスティア様」


「ええ、入ってちょうだい」


デスク越しにクロエを見据え、セレスティアは手元の書類をトントンと揃えた。前世で、クロエはリリアに買収され、セレスティアの私物を盗んで「リリアへの嫌がらせの証拠」として捏造した張本人だ。


「クロエ。あなたの実家が抱えている借金についてなのだけれど」


その言葉に、クロエの肩がビクッと跳ねた。顔面から血の気が引き、目が見開かれる。


「な、なぜ、それを……」


「公爵家の情報網を甘く見ないことね。総額で金貨五百枚。到底、メイドの給金で返せる額ではないわ」


セレスティアは一枚の羊皮紙をデスクの上に滑らせた。そこには、クロエの父親が署名した借用書が記されている。


「この借金、すべて公爵家で肩代わりしたわ」


「えっ……?」


クロエは呆然と借用書を見つめた。地獄のような重圧から解放された安堵と、信じられないという戸惑いが交錯している。


「ただし」


セレスティアの声が、一段と冷たくなった。


「これからは、私に絶対の忠誠を誓いなさい。もし裏切れば、この借用書は即座に闇金に売り払うわ。あなたの家族がどうなるか、想像がつくでしょう?」


クロエは膝から崩れ落ちた。恩義と恐怖が同時に押し寄せ、彼女の心を完全に支配する。


「誓います……! 絶対に、セレスティア様を裏切りません!」


泣き崩れるクロエを見下ろし、セレスティアは淡々と告げた。


「泣く必要はないわ。これは実務的な取引よ。あなたは私の指示通りに動きなさい。そうすれば、家族の安全は保証する」


「はい……はいっ!」


クロエを下がらせた後、セレスティアはギルバートに視線を向けた。


「次は護衛騎士ね。彼の横領記録は裏が取れた?」


「はい。過去三年分の帳簿と照合し、不正な金の流れを完全に特定しております。言い逃れは不可能です」


「結構。彼にも同じように選択を迫りなさい。破滅か、忠誠か」


身内の裏切りを封じるのは容易かった。彼らは皆、何らかの弱みを抱えており、それを物理的な証拠として突きつければ、簡単に屈服する。一度受けた恩義と借りは必ず実務的に清算する。それがセレスティアのやり方だった。


◆ーーーー◆


次なる標的は、外部の協力者だ。


王都の一等地にある豪奢な建物。ロレンツォ商会の応接室に、セレスティアとギルバートは足を踏み入れた。


「いやはや、公爵令嬢自らお越しいただけるとは。光栄の至りに存じます」


恰幅の良い男、ロレンツォが愛想の良い笑みを浮かべて出迎える。上質な絹の服を着崩した彼は、利益至上主義で計算高い商人だ。前世では、リリアに高価なドレスや宝石を不正に横流しし、その費用を公爵家のツケに回していた。


「挨拶は結構よ、ロレンツォ商会長。今日は少し、数字の確認をさせてもらいたくてね」


セレスティアはソファに腰を下ろすなり、ギルバートから受け取った分厚い書類の束をテーブルに置いた。


「今年の第三四半期の帳簿よ。随分と、数字が合わないようね」


ロレンツォの笑顔が、微かに引きつった。


「はて、何のことやら。当商会の帳簿は、厳格な監査を受けておりますが」


「そう? では、この項目について説明してもらえるかしら」


セレスティアは書類の一ページを開き、細い指先で特定の数字を叩いた。


「絹織物の仕入れ値が、市場価格の三倍になっているわ。そして、その差額が『雑費』として処理され、最終的に男爵家の口座へ流れている。さらに、公爵家への請求書には、購入した覚えのない宝石の代金が上乗せされているわね」


次々と指摘される不正な金の流れ。セレスティアの圧倒的な実務能力の前に、ロレンツォの顔から完全に血の気が引いた。額に脂汗が浮かんでいる。


「この事実が明るみに出れば、商会は終わりよ。王家御用達の看板も剥奪され、あなたは投獄されるでしょうね」


「……お嬢様は、私をどうなさるおつもりで?」


ロレンツォは観念したように息を吐き、探るような視線を向けた。自分より上手(うわて)の相手には潔く屈する。それが彼の商人魂だった。


「私に協力するなら、この件は見逃してあげるわ。ビジネスパートナーとして、私に有益な情報と証拠を提供しなさい」


「……なるほど。そういうことでしたら、喜んでご協力いたしましょう」


ロレンツォは深く頭を下げた。彼の目には、恐怖よりもむしろ、セレスティアの容赦のなさに惚れ込んだような光が宿っていた。


「賢明な判断ね。では、リリア様との取引記録、すべて提出してもらうわよ」


◆ーーーー◆


季節は巡り、断罪劇の日が近づいていた。


セレスティアの反撃準備は、水面下で着々と進んでいた。最後の仕上げは、エドワードに追従する貴族たちの切り崩しだ。


彼らはエドワードの威光を笠に着て、セレスティアを非難する予定だった。しかし、彼らの多くは派手な生活を維持するために、各所で莫大な借金を抱えていた。


セレスティアは公爵家の圧倒的な資金力を使い、彼らの借用書を次々と買い集めた。そして、秘密裏に彼らを一人ずつ呼び出し、密室での交渉を行った。


「破産して爵位を失うか、それとも私への忠誠を誓うか。選んでちょうだい」


テーブルの上に積まれた借用書の山を前に、貴族たちは皆、一様に青ざめ、震え上がった。感情論など一切ない、冷徹な実務的交渉。プライドをへし折られた彼らは、次々とセレスティアの軍門に降っていった。


「これで、外堀は完全に埋まったわね」


セレスティアは手元の名簿に最後のチェックマークを書き込み、羽ペンを置いた。


「はい。エドワード殿下が用意するはずだった証人は、一人残らずお嬢様の手駒となっております」


「ご苦労様、ギルバート。明日の夜が楽しみだわ」


セレスティアは窓の外を見つめた。夜空には、冷たい月が輝いている。前世の絶望から一年。彼女はついに、自分を陥れた者たちを実務と証拠で完全に論破し、安全な未来を手に入れる準備を整えたのだ。


◆ーーーー◆


王立学園の卒業パーティー。


シャンデリアが眩い光を放つ大広間には、着飾った貴族たちが集い、華やかな音楽が流れていた。しかし、その空気は突如として凍りついた。


「セレスティア! 君の悪逆非道な振る舞いには、もう耐えられない!」


広場の中央で、エドワードが声高に叫んだ。彼の腕の中には、ふわふわとした桃色の髪を持つリリアが、怯えたように身を縮めている。


「ここで婚約破棄を宣言する!」


周囲の貴族たちがざわめく。一年前の記憶と全く同じ光景だ。セレスティアは扇子で口元を隠し、静かにエドワードを見据えた。


「殿下、突然のことに戸惑っております。私がどのような罪を犯したというのでしょうか」


「白を切る気か! 君はリリアに嫉妬し、彼女のドレスを切り裂き、階段から突き落とそうとした! さらに、公爵家の権力を悪用して公金を横領したことも分かっている!」


エドワードは勝ち誇ったように胸を張った。王太子である自分の決定は常に絶対であり、間違いなどない。そう信じて疑わない傲慢さが、その態度に表れていた。


「殿下、怖い……」


リリアがエドワードの胸に顔を埋め、涙声で囁く。可憐で弱々しい被害者を演じる、計算高く狡猾な女。前世では、その演技に誰もが騙された。


「安心しろ、リリア。僕が君を守る」


エドワードはリリアを抱き寄せ、再びセレスティアを睨みつけた。


「君の罪を証明する証人たちだ! 前へ出ろ!」


エドワードの呼びかけに応じ、群衆の中から数人の人物が進み出た。メイドのクロエ、護衛騎士、商人ロレンツォ、そしてエドワード派の貴族たちだ。


「さあ、皆の前で真実を語るがいい! この女の恐ろしい本性を!」


エドワードは自信満々に証言を促した。彼らは皆、自分に同調し、セレスティアを非難してくれるはずだ。そう信じ切っていた。


しかし。


パチン、と。


セレスティアが手元の扇子を鳴らした瞬間。


証人たちは一斉にエドワードに背を向け、セレスティアの後ろへと移動し、整然と並び立った。


「……は?」


エドワードの口から、間抜けな声が漏れた。リリアも目を丸くして、信じられないというように証人たちを見つめている。


会場が騒然となった。何が起きているのか理解できず、貴族たちがざわめき合う。


「な、何をしている! お前たち、早く彼女の罪を証言しろ!」


エドワードが声を荒らげるが、誰も動かない。クロエは伏し目がちに沈黙を守り、ロレンツォは薄ら笑いを浮かべている。


セレスティアは静かに歩み出た。彼女の背後から、ギルバートが台車を押して現れる。その上には、山のような書類の束が積まれていた。


「証人なら、ここにいますわ。ただし、裁かれるのは私ではありません」


セレスティアは台車から分厚いファイルを取り出し、エドワードの足元に叩きつけた。バサリと音を立てて、書類が床に散らばる。


「エドワード殿下。あなたがリリア様のために流用した国家予算の明細です。そしてリリア様、あなたが商会と結託して行った横領の記録」


「なっ……!」


エドワードの顔から血の気が引いた。リリアは「ひっ」と短い悲鳴を上げ、後ずさる。


「ロレンツォ商会長。説明を」


セレスティアの冷徹な声に促され、ロレンツォが一歩前に出た。


「はい。リリア様は当商会を通じ、市場価格の数倍の値段で架空の取引を行い、その差額を自身の口座に還流させておりました。こちらが、その裏帳簿の原本でございます」


ロレンツォが掲げた帳簿に、会場の視線が集中する。


「で、でたらめだ! そんなもの、捏造に決まっている!」


エドワードが顔を真っ赤にして叫ぶが、セレスティアは容赦なく次の証拠を突きつけた。


「捏造ではありません。殿下の署名入り決裁書と、銀行の送金記録が完全に一致しています。さらに、クロエ」


「は、はいっ!」


クロエが震える声で証言を始める。


「わ、私は、リリア様からお金を渡され、セレスティア様の私物を盗むよう指示されました……! ドレスを切り裂いたのも、リリア様ご自身の自作自演です!」


「嘘よ! わたしは何も知らない! このメイドが勝手にやったことよ!」


リリアが泣き喚くが、もはや彼女の「清純で可憐な被害者」という仮面は完全に剥がれ落ちていた。裏で手を引いていた証拠を突きつけられ、彼女の最も恐れていた社会的抹殺が現実のものとなろうとしていた。


「まだありますわ」


セレスティアは貴族たちに視線を向けた。彼らは次々と前に進み出ると、エドワードのずさんな財政管理や、賄賂の受け取りなどを具体的に告発し始めた。


「殿下は、治水工事の予算を私的な遊興費に流用されました」


「私の領地の税収を、不当に搾取しようと……」


次々と暴かれる不正の数々。完璧な実務的証拠の前に、感情論の入る隙など一ミリもなかった。多くの貴族たちの前で、自身の横領や無能さが論理的かつ決定的な証拠によって完全に論破され、誰一人として自分を擁護してくれない。エドワードにとって、それは悪夢以外の何物でもなかった。


「ち、違う……僕じゃない……僕は王太子だぞ! 僕の決定は絶対だ!」


エドワードは錯乱したように叫び、周囲を見回した。しかし、彼に向けられる視線は、冷ややかな軽蔑と失望ばかりだった。


「王太子殿下には荷が重いのでは」


誰かが呟いたその言葉が、エドワードのプライドを粉々に打ち砕いた。彼は膝から崩れ落ち、両手で頭を抱えた。


「いやだ……こんなの嘘だ……」


騒ぎを聞きつけ、国王の近衛兵たちが会場になだれ込んできた。彼らは迷うことなく、エドワードとリリアを取り囲む。


「エドワード殿下、リリア男爵令嬢。国家反逆および横領の容疑で拘束いたします」


「離せ! 僕は王太子だぞ!」


「いやあああ! わたしは悪くない! 貧しい生活に戻るのは嫌あああ!」


泣き喚き、見苦しく抵抗する二人。しかし、近衛兵たちは容赦なく彼らの腕を掴み、会場の外へと引きずり出していった。


その無様な姿を、セレスティアは氷のように冷たい目で見送った。彼女の心には、もはや怒りも悲しみもなかった。ただ、実務的に排除すべき障害を取り除いたという、静かな達成感だけがあった。


一滴の涙も流すことなく、彼女は完璧な復讐を成し遂げたのだ。


◆ーーーー◆


騒動が収束し、静けさを取り戻した夜のバルコニー。


セレスティアは手すりに寄りかかり、夜空に浮かぶ月を見上げていた。冷たい風が、彼女の銀髪を優しく揺らす。


「お疲れ様でございました、お嬢様」


背後から、静かな声がかけられた。振り返ると、ギルバートが温かい紅茶の入ったカップを差し出している。


「ありがとう、ギルバート」


カップを受け取り、一口飲む。芳醇な香りが、張り詰めていた神経をゆっくりと解きほぐしていく。


「近衛騎士団への引き渡しと、国王陛下への裏帳簿の提出が完了いたしました。明朝には王家から正式な沙汰が下るでしょう」


「そうね。これでようやく、平穏な日々が戻ってくるわ」


セレスティアは夜空を見上げながら、ふと微笑みをこぼした。前世の絶望から始まり、実務と証拠だけで戦い抜いた一年間。決して平坦な道のりではなかったが、彼女の隣には常に、この有能な執事がいた。


「あなたがいなければ、ここまで完璧にはいかなかったわ。本当に感謝しているのよ」


「もったいないお言葉です。私はただ、お嬢様の望む未来を形にするためのお手伝いをしたまで」


ギルバートは恭しく一礼したが、その眼鏡の奥の瞳には、微かな熱が宿っていた。


全てを終えたセレスティアは、夜空を見上げながらギルバートに微笑みかける。二人の間には、主従を超えた絶対的な共犯関係が結ばれていた。

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