灰色の道
夕方。
駅前。
たくさんの人。
急ぎ足。
ーーー
女の子がいる。
彼女の名前は紬。
昔から。
人の横に伸びる「道」が見える。
細い道。
曲がった道。
遠くまで続く道。
たくさんの道。
でも。
その意味は。
分からなかった。
紬は。
見えていることを。
誰にも話さなかった。
幼い頃。
母に言ったことがある。
紬
「お母さん
おじさんの横に
いっぱい道がある」
母は笑った。
母
「紬は面白いこと言うね」
紬
(これは皆に見えるものじゃない?)
それ以来。
誰にも言わなくなった。
ーーー
注意深く見たら見える道。
普段はそんなに見ない。
だけど。
あの会社員。
私と同じ推しキーホルダー持ってた。
同じ推しなんだ。
そう思って。
思わず深く見てしまった。
道が見えた。
一本だけ。
光っている。
その横の道。
灰色。
そのほかの道
灰色。
会社員は。
光ってる道を一直線に歩いてる。
紬、首をかしげる。
(ほかの道は行かないのかな)
(それとも…
見えてない?)
そこへ。
荷物を抱えた老人。
ゆっくり歩いてくる。
紬の目に自然と入る。
紬
「え……」
老人の横。
何十本もの道。
全部。
やわらかく光っている。
思わず声が漏れる。
紬
「すごい……」
老人
「どうした?」
慌ててごまかす。
紬
「いえ」
「荷物が多いなって」
老人、笑う。
老人
「公民館の帰りなんだ」
「畑もあるし」
「囲碁もあるし」
「来月は旅行もある」
少し空を見る。
「年を取るとね」
「『やらなきゃ』より」
「『やりたい』が増えるんだ」
老人、歩いていく。
紬、立ち尽くす。
紬
(……道って)
(何なんだろう)
考える。
気づけそうな気がする。
そうしているうちに
もう一人見えた。
主婦、買い物袋。
両手いっぱい。
急ぎ足。
主婦の横。
一本だけ。
光っている。
その奥。
灰色の道が。
幾つも。
静かに伸びている。
紬
(この人も光っているのは一本)
ふと。
その主婦。
ショーウインドの前。
手作りの。
ぬいぐるみ。
足が止まる。
少しだけ。
目が細くなる。
優しく。
笑う。
でも。
すぐ。
その笑顔は消える。
その表情に何か引っかかった。
近づき思わず声をかける。
紬
「かわいいですね」
主婦、少しびっくり。
でも
フッと笑う。
主婦
「……そうね」
一拍。
「懐かしい。」
と小さくつぶやく。
その瞬間。
灰色だった道が。
少しだけ。
光る。
紬
(ん?)
もっと注意深く見る。
灰色の道の前。
黒い文字。
『趣味レベルだから』
『時間がない』
『子どもがいるし』
文字は。
道の入り口から主婦の足に
鎖のように絡みついていた。
紬
(これは何?)
主婦
「昔は……私も毎日のように作ってたの」
思わず聞く。
紬
「今は?」
主婦、少し黙る。
そして、笑う。
主婦
「もう」
「そんな歳じゃないから」
その瞬間。
『そんな歳じゃない』
黒い文字が。
一つ増える。
紬
(また……)
紬、恐る恐る黒い文字に触れる。
消えない。
引っ張っても。
動かない。
紬、小さく息を吸う。
紬
「……誰が」
「そう決めたんですか?」
主婦、止まる。
苦笑い。
「主人が」
止まる。
「……」
「親が」
止まる。
「違う」
長い沈黙。
ショーウインドを見る。
自分の手を見る。
小さく笑う。
主婦
「……私」
パリン。
黒い文字。
ひびが入る。
灰色の道。
少し。
光が強くなる。
もう一度。
ぬいぐるみを見る。
主婦
「また」
「作ってみようかな」
パリン。
黒い文字。
砕け散る。
灰色だった道。
ゆっくり。
光り始める。
紬、息をのむ。
私が壊したんじゃない。
この人が自分で壊した。
この日。
紬は初めて知った。
道を。
隠しているものがある。
人は。
道がないから。
進めないんじゃない。
見えなくなっているだけ。
自分は。
そのきっかけを。
届けることが出来る。
ーーー
今日も紬は町を歩く。
女性
「もう遅いよ」
学生
「無理だよ」
老人
「今さら」
いろんな声。
そう言う人の横には。
今日も。
灰色の道が。
静かに伸びている。
紬は少し笑う。
答えは言わない。
ただ。
問いを一つ。
届ける。
紬
「本当に」
「ないんですか?」
紬
「誰が。」
「無理って決めたの?」
紬
「今日だから。」
「できることもありませんか?」
その瞬間。
風が吹く。
灰色だった道が。
ほんの少しだけ。
光った。
紬は。
何も言わない。
歩き出すのは。
いつだって。
本人だから。




