紫陽花の女
雨がしとしと降っている。日本家屋の木の柱はしっとりとした湿り気を纏う。
こんな日はインクの文字も滲んでしまう気がして、私は原稿用紙を埋める作業を諦めた。
妻が紫陽花を花器に生けている。太い茎なので力を込めて、花ばさみがバチンと大きな音を立てる。切り捨てられた方の茎が、新聞紙の上にごろりと転がった。
「ねえ、あなた。紫陽花の花言葉をご存じ?」
妻が涼やかな声で尋ねてくる。
「さぁて……色がとりどりに変わるのだから『移り気』だろうか」
「ふふ。まずそれが出てくるのね。『和気あいあい』という言葉もあるのですよ」
「ああ、数が多く、密集しているからか」
花言葉というものは、連想ゲームのようなものだろうか。言われたら、多少なりとも「なるほど」と思える必要があると思う。
「青い紫陽花は、『辛抱強い愛情』とか、『冷淡』という意味なんですって」
妻は思ったように活けられないのか、剣山に差した紫陽花を抜いた。茎からぽたりと雫が垂れる。
「赤い紫陽花は、『元気な女性』で、『強い愛情』らしいの」
バチン。妻は紫陽花を短くしたいのか。
バチン。バチン。
紫陽花の茎がどんどん短くなっていく。あまり短くしたらバランスが悪くなるのではないだろうか?
私には生け花の素養などない。ホテルのロビーに飾ってある花々も、いいなと感心することもあれば、奇天烈でよくわからないと思うこともある。
妻は背中を向けたまま、会話を続けた。
「あなたの赤い紫陽花に『早く離婚しろ』と言われたのですけれど」
どっと汗が噴き出る。
あの女――余計なことを!
バチン。どさり。
今度は、紫陽花の花の方が落ちた。




