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おまけ「報告」

無事に連載が完了し、やり切った!と思っていたのですが、思ったよりpv数が上がっていたので、ビックリ!

なんと日間完結部門でランクインまで!

大変嬉しくなり、おまけエピソードを追加してみました。

お楽しみいただければ幸いです。

【ゼニス歴1081年 ニール視点】

結婚式の熱がまだ抜けきらないうちに、俺達は旅支度を始めた。


「ほんとに、今行くの?」


イルルが荷物を纏めながら、少し呆れたように笑う。


「善は急げって言うだろ」

「式の後片付け、まだ終わってないよ?」

「それはユーリに丸投げした」

「…ひどい新郎だよ」


そう言いながらも、イルルの手は止まらない。

むしろ俺より手際よく荷物を詰めていく。

俺達は分かっていた。

この旅を先延ばしにすればするほど、きっと言葉にできなくなる。

式の高揚感が残っているうちに行かなければならない。


そう決めたのは、実は結婚式の当日だった。

誓いの言葉を交わした直後、ふとイルルが俺の耳元で囁いたのだ。


「明日、報告に行こう」

「どこに?」

「決まってるでしょ」


それだけで、俺には全部伝わった。

行き先は三つ。

順番も、話し合うまでもなく自然に決まった。


翌朝、宿の食堂でカインに旅の予定を話すと、苦笑いしていた。

「新婚旅行のはずなのに、行き先が墓参りとはな」とカインが言う。

「同行は…不要だな。」


「ああ」


俺は首を縦に振った。

「これは、俺とイルルで行かなきゃいけない旅なんだ」


カインはそれ以上は何も言わなかった。

ただ、旅支度を手伝ってくれ、道中の食料をたっぷりと持たせてくれた。

ユーリに至っては、いつものボンクラスマイルで「行ってらっしゃいませ、ニールさん」と、いつもの調子を崩さないまま見送ってくれた。


最初の目的地は、イルルの生まれた村だった。


盗賊に襲われ、一度は地図から消えかけたその場所は、今は小さな集落として再建されていた。あの森は貴重な薬草の採取地として有名になりつつある。

木の柵が新しく組み直され、畑には青々と作物が育っている。

井戸のそばに、イルルの母ヤマルさんの名前を刻んだ石が置かれていた。

イルルが以前、密かに石工に頼んで作らせたものらしい。


村の入口では、当時を知る古老が俺達を見て目を丸くした。


「おお、ニール坊とイルルか! 立派になって…って、その恰好は?」

「結婚しました。ご報告に」

「そりゃめでたい! ヤマルさんも、天国で喜んでるだろうよ」


古老は目元を拭いながら、何度も頷いていた。

周りに集まってきた村人の何人かも、ヤマルさんの名を聞いて懐かしそうに目を細める。

この村にとって、ヤマルさんは「いつも誰かを助けている人」だったらしい。

俺達が知らない一面も、きっとまだたくさんあるんだろう。


そんな話を聞きながら、俺達は礼を言って、井戸の脇へ向かった。


「これ、いつの間に」

「ニールが忙しくしてる間に、こそこそとね。手紙のやり取りだけで頼んだの」

イルルはそう言って、悪戯っぽく笑った。それから花を供え、静かにしゃがみ込む。


「お母さん、久しぶり」

俺もその隣に膝をついた。


ヤマルさんのことを、俺はよく覚えている。

デイルが仕事に出ている間、いつも俺とイルルの世話を焼いてくれた人だった。

ゼニス信仰の祈りの言葉を教えてくれたのも、彼女だ。

台所に立つ後ろ姿と、笑うときに目じりに刻まれる皺を、今でも思い出せる。


「よく作ってくれた芋のスープ、あれ結局レシピ聞きそびれた」

「私も再現できてない。何度やっても、あの味にならないの」

「今度、一緒に試そう。近い味くらいは出せるだろう」

「……うん」

イルルの声が少しだけ震えていた。


「お母さん、私、結婚したよ、ニールと。…びっくりするよね、あのニールと」

「おい」

「冗談。…ずっと、聞いてほしかったの。お母さんに」


「お母さんが死んだ後、デイルおじさんが私を引き取ってくれた。ニールと三人で暮らして。……寂しくなかったって言ったら、嘘になるけど」

イルルは石をそっと撫でた。


「でも、幸せだったよ。ちゃんと、幸せになれた」


俺はイルルの肩に手を置いた。

何を言うべきか、うまい言葉は見つからなかった。

だから、ただそこにいた。

それだけで、十分だったと思う。

しばらくして、イルルは涙を拭い、いつもの調子で立ち上がった。


「よし、次行こう」

その切り替えの早さも、彼女の強さなんだと思う。


村を出て、次に向かったのは、俺が産まれた山中の親戚の家の跡地だった。

デイルとニチカが臨月の少し前に訪れていた場所。

俺が「忌み子」として、この世に生を受けた場所だ。


道中、イルルがぽつりと聞いてきた。

「ニチカさんのこと、デイルさんからどこまで聞いてるの?」

「多くはない。東方異国の人で、優しくて強い女性だった、としか」

「それだけ?」

「それだけだ。母さんの話になると、あの人、いつも言葉を濁してた。

ただ一度だけ、旅の途中の夜に話してくれたことがある」

「どんな話?」

俺は思い出しながら話した。


「臨月の少し前に、二人で山中の親戚の家に挨拶に行ったんだと。

そこで急に陣痛が始まって、その場で俺が産まれた。

忌み子だってことが親類に知れて、みんな青ざめたらしい。

それでも、母さんが産まれたばかりの俺を抱いて、涙を流しながら『ありがとう』って言ってくれた瞬間、親類全員が事実を隠し通そうって決めてくれたらしい」


「デイルさんは、それでどうしたの?」


「生まれたばかりの俺を連れて、逃げた。母さんは産後直後だから長旅ができる身体じゃなかった。

少しでも早くお前を安全な場所へ、って自分から言ったらしい。

それが、最後だった」


言葉を飲み込んだ。

イルルは何も聞かず、ただ俺の手を握った。


もう一つ、思い出したことがあった。

旅の途中、初めてデイルと本気で語り合ったあの夜だ。


「俺達夫婦はお前が産まれた時に誓ったんだ。何が何でもお前を一人前の大人まで育て上げる。

それはニチカがここにいない理由だ」


不器用な男が、精一杯の言葉で伝えようとしていた。

あの時は上手く受け止めきれなかった重みが、今になってようやく、腑に落ちる。

母を知らずに育った俺にとって、その言葉だけが、母の存在を確かに感じられる唯一の縁だった。


山道を登りながら、そんなことを考えていた。


山道は思いのほか険しく、二人とも汗をかきながら登った。

木々の隙間から差し込む光が、ちらちらと地面に模様を作っている。

こんな道を、臨月間近の身重の母が歩いたのかと思うと、それだけで胸が締め付けられた。


親戚の家があったはずの場所には、今はもう朽ちかけた石の土台しか残っていなかった。

正直、そこには墓石一つない。

ニチカがどこに眠っているのか、デイルは最後まで語らなかった。

あるいは、語れるほど心の整理がついていなかったのかもしれない。

だから俺達がやったのは、ただ、その場に立つことだけだった。


「母さん」


俺は初めてその言葉を、実感を込めて口にした。


「あなたが命懸けで俺を産んでくれたから、俺はここまで来れた。

結婚したんだ。あなたに似て、強くて優しい女だ」


隣でイルルが小さく笑う気配がした。


「今、そっちで俺の話、デイルから聞いてるんだろう? あの人、口が軽いから」


風が吹いて、山の木々が揺れた。返事なんてあるはずがない。

それでも、俺は確かに、何かに見守られている気がした。


「俺はあなたに何もできなかった。申し訳ない気持ちでいっぱいだ。だけどもう謝らないよ。あなたに貰ったこの命で、あなたに出来なかった感謝をイルルに沢山していくことにするよ。見守っていてくれ」


「ニチカさん、私のことも見ててね。ニールのこと、ちゃんと幸せにするから」


イルルがそう言って、俺の手を握った。

少しの間、俺達は何も言わず、ただ風の音を聞いていた。

目を閉じると、会ったこともない母の顔が、なぜかうっすらと浮かぶような気がした。


そして最後に、俺達は王都に向かった。


かつて父が処刑された、あの中央広場へ。


馬車の中、イルルは窓の外をずっと見ていた。

俺も同じだった。王都の門が見えてきたとき、思わず息を止めた。

あの日と同じ場所に向かっているのに、あの日とはまるで違う意味を持つ旅だ。

デイルが遺した手紙のことを、ふと思い出す。


「俺は旅に出る」


あの噓くさい書き置きと、置いてあった愛用の剣と酒瓶。

今の俺には、あの時の親父の気持ちが、痛いほど分かる。


王都の門をくぐると、街並みは以前よりも活気づいていた。

復興後の商店が軒を連ね、道行く人々の表情も心なしか明るい。

すれ違いざま、誰かがイルルの結婚指輪に気付いて「おめでとうございます」と声をかけてくることさえあった。

この街に、俺達の顔を知る人間が増えたということだろう。

少し前まで、俺達は追われる側だったのに。


「変わったね」


広場に着いて、イルルがそう呟いた。


以前、テオと三人で花を供えに来た時とは、明らかに景色が違っていた。

石畳の一角に、小さな碑が建てられている。

バルドール帝国の承認のもと、ユーリが最優先で動いてくれた成果だ。

碑には、こう刻まれていた。


『元近衛騎士団長デイル・オーウェン・アシュワース。

国家反逆の名の下に処された罪は、正式な裁定を経ぬ不当なものであったと、ここに認め、その名誉を回復する』


不当な裁きだった、と。

国が、公式に認めた。


あの日、群衆の罵声を浴びながら死んでいった父に、今更届く言葉かどうかは分からない。

それでも、届けなきゃいけない気がした。


「父さん」


俺はその碑の前に膝をついた。


「遅くなったけど、報告に来た」


「イルルと結婚した。父さんが望んでた通り、俺はイルルと幸せになったよ」


「父さんが最後にくれた自由、ちゃんと使わせてもらった。......礼を言うのは、こっちの方だ」


隣でイルルも膝をつく。


「デイルおじさん。私を育ててくれて、ありがとう。()()()()()()のこと、ちゃんと幸せにするって、約束する」


そうだ、お前、妹だったな。

そう言って、俺はイルルと顔を合わせて笑いあう。


俺は空を見上げた。

あの日と同じ、突き抜けるような青空だった。

あの時は忌々しく思えたその青さが、今は少しだけ、優しく見える。


「なあ、父さん。父さんが死んだあの日、群衆の中で俺は父さんの事を大馬鹿だって思ってたんだ」


「今もその意見は変わらないよ。もっとうまいやり方があったはずだ。

もっと…一緒にいられる方法が、きっとあったはずだ」


「でも」


俺は碑にそっと触れた。


「あなたの息子は、ちゃんと生きてる。そしてちゃんと、幸せになった」


「こないだイルルと式を挙げたよ。式場には花がたくさん飾られてて、柄にもなく緊張した。

ユーリとミラが涙腺崩壊してて、ミアがバカ食いし、カインとガブが酒を飲みすぎて、ピノが呆れてた。クロノは祝儀の金額を数えていた。…いつもの、あのメンツだ。一緒に見てたら、絶対笑ってただろうな」


「だから、もう心配すんな」


イルルが俺の背中に手を添えた。

それだけで、崩れそうになる何かを、辛うじて堪えることができた。


「デイルおじさんの剣、まだ大事に持ってるよ」とイルルが言う。

「あの手紙と一緒に、家の一番いい場所に飾ってある」

「使ってはないけどな」

「使わなくていいの。あれは、思い出だから」


「もし俺達に子供ができたら」

俺はふと、口にした。


「その剣、その子に見せてやりたい。父さんがどういう人間だったか、ちゃんと伝えたい」

イルルが少し驚いた顔をして、それからゆっくりと微笑んだ。


「いいね、それ」

「名前も、考えてる」

「え?」

「もし女の子だったら」

俺は少し照れくさくなって、碑の方に視線を逃がした。


「ニチカって、つけたい」


イルルは一瞬、目を見開いた。それから、優しく笑った。

「…うん。それがいい」


「父さん、聞いたか?孫の名前、もう決めてるからな」


碑に向かって、そう言ってみる。

返事はないが、なぜか、あの不器用な笑い方をしている親父の顔が、はっきりと目に浮かんだ。

まだ生まれてもいない子供の名前を勝手に決めてしまったことを、イルルに後で怒られるかもしれない。

それでも、今だけは、これでよかったと思う。


夕暮れの広場に、市場を片付ける人々の声が響いている。

子供が走り抜けていく。この場所は今、日常を取り戻していた。

それでいい、と思う。デイルが守ろうとしたのは、まさにこの、なんでもない日常だったのだから。


「帰ろうか」


俺が言うと、イルルは頷いた。


「うん。帰ろう」


夫婦になって、二人で交わした初めての「帰ろう」だった。

それが、こんなにも温かい言葉だとは、俺は今日まで知らなかった。


俺達は手を繋いで、広場を後にした。


振り返ることはしなかった。振り返らなくても、あの人達はきっと、俺達の背中をずっと見ていてくれる。そんな気がしたから。


――ヤマルさん、ニチカ、そしてデイル。

三人に報告を終えた俺達の旅は、ここで一区切りだ。


思えば長い旅だった。

国から追われ、逃げ続けた幼少期。

デイルを失い、絶望した日々。

国家転覆という、とても一人の薬師の手には負えないはずの戦い。

その全部を、俺は一人で抱えていたわけじゃなかった。

イルルがいて、テオやカイン、ユーリやクロノがいて、ミラとミアの双子姉妹、ガブピノのコンビ。


そして今はもういない三人。


ずっとどこかで俺達を見守ってくれていた。

そう思えることが、こんなにも心強いとは知らなかった。


だが、俺達の物語はまだ続く。

次に報告することがあるとすれば、それはきっと、もっと賑やかな知らせになるはずだ。


そんな予感を胸に、俺達は夕暮れの街道を歩き出した。


これで一旦終了になります。

ここまで稚拙な文章にお付き合い頂き、ありがとうございました!


まだまだ書きたい内容はありますので、またタイミングがあれば書いてみたいと思います。

ご評価、ブクマ頂ければ励みになります。


また別の話も書いてみようかな。

今度は思いっきりライトな感じで(笑)


ではまたどこかでお会いしましょう!

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基本的に毎週水曜日、土曜日、日曜日の21時頃の更新を目指しています! 長期休暇期間中は、、、頑張ります!!
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