第6話:氷の少女とティータイムの提案
俺が生徒会長をぶっ飛ばしてから7日後。
ブラーサルが息を切らして駆け込んできた。
【ブラーサル】
「大変だよヴァトリナ! ムスカールが……!」
【ヴァトリナ】
「なにぃ」
嫌な予感しかしない。
校庭に出ると――
そこには、氷の柱からY字に吊るされたムスカールがいた。
両腕を左右に引き上げられ、
足は地面すれすれ。
まるで氷像の展示品だ。
【ムスカール】
「うぅ……」
【ヴァトリナ】
「おいムスカール! それは何のトレーニングだ」
涼やかな声が落ちてきた。
【????】
「ふふふ。風紀委員を裏切った者への制裁をトレーニングだなんて
あなたも脳ミソ筋肉なの?」
【ヴァトリナ】
「誰だ?」
振り向く。
【イーシア】
「私の名はイーシア
風紀四天王最強のイーシアよ」
白銀の髪。
尖った耳。
露出の多い新制服を、まるで正装のように着こなすエルフの少女。
【ヴァトリナ】
「おいダメだぞ、君みたいな子供がそんな服を着たら」
【イーシア】
「ちょっと! 私はアナタと同い年よ!」
【ヴァトリナ】
「そうか、すまん。エルフの年齢感わからんので」
この学園にもエルフはいるが、
俺はあまり交流していない。
きっと恐れられているのだろう。
俺が。
イーシアは冷たい視線を向ける。
【イーシア】
「まあいいわ、ヴァトリナ
アナタにもこの新制服を着てもらう」
【ヴァトリナ】
「……」
俺は黙って上着を脱ぐ。
イーシアが眉を上げる。
【イーシア】
「あら? やけに素直じゃない?」
俺はその上着を、そっとイーシアの肩にかけた。
【ヴァトリナ】
「イーシア。君には旧制服の方が似合う」
【イーシア】
「なんなのよアナタ
気軽に校則違反を風紀委員に勧めるんじゃないわよ」
【ヴァトリナ】
「きっと可愛い」
【イーシア】
「校則なの!」
【ヴァトリナ】
「可愛いは正義だ
校則には無い正義かもしれないけど、正義だ」
【イーシア】
「風紀は法よ!」
即答だった。
【イーシア】
「だったら決闘ね」
【ヴァトリナ】
「決闘はしない」
イーシアの目が細くなる。
【イーシア】
「へー、怖いの?
氷魔法使いの私とは相性最悪だものね」
氷の気配が走る。
ぱきん、と音がする。
俺の水筒の中身が、一瞬で凍りついた。
【イーシア】
「これでアナタは水魔法を使えない」
【ヴァトリナ】
「水魔法がなくても戦いようはある」
【イーシア】
「えー?何?」
【ヴァトリナ】
「殴り合いだ」
一拍。
【ヴァトリナ】
「だから君とは戦いたくない」
イーシアの眉がわずかに動く。
【イーシア】
「生徒会長とは殴り合ったって聞いたけど?」
【ヴァトリナ】
「状況が違う」
俺は氷に吊るされたムスカールを見る。
【ムスカール】
「先に下ろしてくれないか……」
ムスカールとも生徒会長とも、対等な殴り合いだった。
だがイーシアは違う。
エルフは成長が遅い種族だ。
年齢は同じでも、身体は数年幼い。
どう見ても華奢だ。
これでは戦いにならない。
【ヴァトリナ】
「俺は対等じゃない相手を殴らない」
【イーシア】
「はぁ?私は風紀四天王最強なんだけど」
【ヴァトリナ】
「魔法の強さと殴り合いは別だ」
【イーシア】
「……侮辱?」
【ヴァトリナ】
「尊重だろ?」
【イーシア】
「なんなのよ!
なんでそんな私を特別扱いするのよ」
【ヴァトリナ】
「可愛いから?」
【イーシア】
「またそれ!?」
イーシアが顔を赤くする。
【イーシア】
「もう! 決闘よ!」
【ヴァトリナ】
「だからしない」
【イーシア】
「逃げるの?」
【ヴァトリナ】
「違う」
俺は一歩、前に出る。
【ヴァトリナ】
「戦うより、有意義な事がある」
【イーシア】
「何よ」
【ヴァトリナ】
「――規律の話だ」
【ヴァトリナ】
「お茶会をしよう」
校庭に沈黙が落ちた。
【イーシア】
「……は?」
【ヴァトリナ】
「氷魔法なら紅茶も冷やせるだろ
俺は水を出す」
【イーシア】
「それ、意味あるの?」
【ヴァトリナ】
「ある。俺は話し合いが出来る奴を待っていた」
イーシアの氷が、かすかに軋む。
ムスカールが上から言う。
【ムスカール】
「俺、味方になったばかりなのだが……」
ブラーサルが小声で呟く。
【ブラーサル】
「また変な方向に行ってない?」
俺はイーシアの目を見ながら言う。
【ヴァトリナ】
「なんで、こんな制服になったんだ?」
イーシアはしばらく黙っていた。
――
俺主催でお茶会が始まった。
ブラーサルには火魔法で湯を沸かしてもらう。
ムスカールは保健室だ。
しばらく氷像は休業中である。
俺は出されたレモンティーをすする。
【イーシア】
「まあ、育ちが悪い」
【ヴァトリナ】
「ああ、育ちが悪いんだ」
【イーシア】
「そんな態度ではお茶会に招かれないわよ」
【ヴァトリナ】
「だろうな。お茶会に招かれたことはない」
【イーシア】
「は?」
【ヴァトリナ】
「初体験だ。お手柔らかに頼む」
イーシアは小さくため息をついた。
【イーシア】
「……もう、仕方ないわね。
まずカップの持ち方は――」
即席・作法講座が始まった。
紅茶の回し方、角砂糖の扱い、視線の落とし方。
十数分後。
【イーシア】
「――で。本題は……なんだったっけ?」
【ヴァトリナ】
「おいおい。
なんで、こんな制服になったんだ?だ」
俺はカップを置く。
【ヴァトリナ】
「旧制服からの変化が急すぎる。
流行にだって、普通は理由がある」
権力か。
金か。
あるいは恐怖か。
だがこの新制服には、その匂いが薄い。
実用性もない。
正直、寒そうだ。
【イーシア】
「新進気鋭のデザイナー、マティアスの作品よ」
【ヴァトリナ】
「大貴族か?」
【イーシア】
「平民出身ね」
俺は一瞬、言葉を失った。
【ヴァトリナ】
「……どうやって広まった?」
宮廷の後押しもなく、
貴族の主導もなく、
この規模の流行が成立するか?
【イーシア】
「パトロンは第一王子」
紅茶の香りが、少しだけ重くなる。
【イーシア】
「才能ある平民を引き上げる。
それが進歩だって、王子様は言ったの」
【イーシア】
「で、生徒会長は、それを支持したってわけ」
【イーシア】
「古い価値観に縛られないことが、この学園の“未来”なんだってさ」
彼女の声は、冷たい。
興味のない声だ。
【ヴァトリナ】
「……なるほど」
制服問題のはずだった。
だが背後に王族がいる。
それはもう、服の話じゃない。
【イーシア】
「どう?有意義な事実だった?
従う気になったでしょ?」
【ヴァトリナ】
「それ、女子の間では常識なのか?」
【イーシア】
「噂程度にはね。
お茶会に出ていれば自然に耳に入るわ」
【ヴァトリナ】
「反省する。ちょっとだけ」
【イーシア】
「ムスカールからは聞かなかったの?」
【ヴァトリナ】
「アイツは筋肉しか知らん」
【イーシア】
「……それは私も反省するわ。ちょっとだけ」
少しだけ空気が和らぐ。
だが、胃が痛い。
第一王子。
進歩か。
それとも――。
しかし、制服ごときで、国家案件になるとは。
これ、下手を打てば反逆罪じゃないか?
ブラーサルが言っていたな。
俺を“革命家”だと。
あいつ、どこまで分かっていた?
俺はカップを置いた。
【ヴァトリナ】
「ブラーサル、来い」
【ブラーサル】
「え、巻き込まれる感じ?」
【ヴァトリナ】
「そうだ」
俺は声を落とす。
【ヴァトリナ】
「そして、イーシア」
【ヴァトリナ】
「俺達は、騙されている可能性がある」
静寂。
【イーシア】
「どういうことよ」
【ヴァトリナ】
「才能ある平民を引き上げる。理屈は分かる」
【ヴァトリナ】
「だがな。そんな崇高な理念を掲げるなら」
一拍。
【ヴァトリナ】
「なんでサキュバスとインキュバスみたいな服なんだ?」
【イーシア】
「例えが最悪よ」
【ブラーサル】
「でも方向性は合ってる」
【イーシア】
「え?この服ってそうなの?」
自覚がなかったらしい。
【ヴァトリナ】
「じゃあ、言い直す。
進歩の象徴が“布の削減”ってどういう理屈だ」
【イーシア】
「……確かに、そこは説明されてないわね」
【ヴァトリナ】
「可能性は二つある」
指を二本立てる。
【ヴァトリナ】
「一つ。マティアスに騙されてる“裸の王様”な王子」
【ブラーサル】
「それなら平和だね」
【イーシア】
「全然平和じゃないわよ!」
【ヴァトリナ】
「そんでもって、この学園は“裸の王様学園”だな」
【ブラーサル】
「ははは、語呂がいいね」
【イーシア】
「良くない!」
【ヴァトリナ】
「だが救いはある」
【イーシア】
「どこによ!」
【ヴァトリナ】
「理想に酔ってるだけなら、目を覚まさせればいい」
【イーシア】
「……不敬よ」
【ヴァトリナ】
「盲目的に従うのが忠誠か?
主が誤った時、命を賭けてでも正すのが忠義だろ」
空気が少し張る。
【ブラーサル】
「いきなり命かぁ」
【イーシア】
「そこまで覚悟なの?」
【ヴァトリナ】
「まあな」
【ヴァトリナ】
(正直、そこまでやる気は無かったけどな)
咳払い。
【ヴァトリナ】
「そしてもう一つの可能性」
【ブラーサル】
「嫌な予感」
【ヴァトリナ】
「進歩を盾にした、ただのスケベ王子だった場合だ」
沈黙。
【イーシア】
「……それは」
【ブラーサル】
「笑えないね」
【ヴァトリナ】
「だろ?」
【ヴァトリナ】
「だから俺は聞いている」
【ヴァトリナ】
「これは理想なのか」
【ヴァトリナ】
「それとも欲望なのか」
氷の気配が、わずかに揺れた。




