第5話:筋肉の証明
【ヴァトリナ】
「お前は筋肉を裏切っている。これは、筋肉じゃない!」
【ムスカール】
「なっ……何だと!? これは筋肉だ!これが筋肉だ!
何を根拠にデタラメを言う!」
俺は両手を前に出す。
【ヴァトリナ】
「証明してやるよ。来い、力比べだ」
【ムスカール】
「力比べで何が分かる!」
ムスカールが俺の両手を掴む。
開始。
ミシ、と地面が鳴った。
次の瞬間――
ムスカールの足が、半歩、下がる。
俺は動いていない。
【ムスカール】
「くっ……な、何故だ!」
【ヴァトリナ】
「同じ魔法を使ってるからだ」
【ムスカール】
「何?」
【ヴァトリナ】
「お前も《筋肉啓蒙》を使っている」
【ムスカール】
「そうだ!筋肉魔法で鍛え上げたのだ!」
【ヴァトリナ】
「鍛え上げた? 違うな」
俺は力を込める。
ムスカールの腕が震える。
【ヴァトリナ】
「これは、ただのバフ魔法だ」
【ムスカール】
「……何を」
【ヴァトリナ】
「元の筋肉量の差が、そのまま出る。
土台が違えば、結果も違う」
ムスカールの歯が軋む。
【ヴァトリナ】
「鍛えることを諦めたお前は――
筋肉を裏切った」
【ムスカール】
「違う!」
ムスカールが叫ぶ。
【ムスカール】
「違う!違う!違う!」
力が乱れる。
【ムスカール】
「俺は毎日鍛えた!
血が滲むまでやった!
だが何も変わらなかった!」
一瞬、目が揺れる。
【ムスカール】
「俺を裏切ったのは、筋肉のほうだ!」
静寂。
俺は一歩、踏み込む。
【ヴァトリナ】
「それで魔法に逃げたのかよ?」
【ムスカール】
「逃げたんじゃない!
選んだんだ!」
【ヴァトリナ】
「なら教えてやる」
俺は拳を握る。
力はある。
だが、動きが死んでいる。
【ヴァトリナ】
「本物の筋肉は、軽い。
しなやかで、制御できる。
これは筋肉じゃない。
ただの負荷だ。
《筋肉啓蒙》は、筋肉の“模造品”だ」
【ムスカール】
「……黙れ!」
ムスカールの魔力が爆発する。
【ムスカール】
「《筋肉啓蒙 100%中の200%》!」
空気が震える。
筋肉がさらに膨張する。
皮膚が引き伸ばされる。
血管が浮き上がる。
関節が軋む。
汗が噴き出し、蒸気へ変わる。
呼吸が荒い。
不規則だ。
【ムスカール】
「はは……ははは!
これが筋肉だ! 美しいだろう!」
ブラーサルが小さく呟く。
【ブラーサル】
「……本当に、人間なの?」
俺は距離を取る。
目の前のそれは――
もはや鍛えられた身体ではない。
膨張。
暴走。
制御不能。
【ヴァトリナ】
「お前が目指した筋肉が、それか?
……醜いな」
【ムスカール】
「黙れぇぇぇ!
この筋肉で貴様を倒す!
それが証明だ!」
ムスカールが拳を振り下ろす。
重い。
制御が効かず、地面を叩き割る。
石片が跳ねる。
動くたびに皮膚が裂ける。
血が滲む。
汗が噴き出す。
蒸気になる。
呼吸が荒い。
不規則だ。
【ヴァトリナ】
「やめろ!」
俺は叫ぶ。
【ヴァトリナ】
「それ以上やれば、お前が壊れる!」
【ムスカール】
「その前に貴様を倒せば問題ない!」
振りかぶる。
遅い。
重すぎる。
だから読める。
だが――止まらない。
このままでは、こいつが壊れる。
【ヴァトリナ】
(どうすれば目を覚ます……
……水だ。)
【ヴァトリナ】
「ブラーサル! 水を出せ!」
【ブラーサル】
「水!? 持ってないよ!」
【ヴァトリナ】
「あるだろ!」
一瞬の沈黙。
【ブラーサル】
「……まさか」
【ヴァトリナ】
「時間がない!」
ムスカールがブラーサルへ向かう。
【ムスカール】
「させるか!」
俺は手を振る。
【ヴァトリナ】
「≪汗の目つぶし(スエット・ブラインド)≫!」
ムスカールの噴き出した汗を操る。
塩分を含んだ液体が目に入る。
【ムスカール】
「ぐあああああ! 目が……!」
【ヴァトリナ】
「今だ!」
【ブラーサル】
「……うぅ、ヴァトリナの前で……」
【ヴァトリナ】
「後で礼は言う! 早く!」
【ブラーサル】
「……ぁ」
宙に水が生まれる。
俺はそれを掴む。
【ヴァトリナ】
「≪聖水の水鏡≫」
水が薄く広がる。
揺らぐ、鏡。
そこに映ったのは――
膨れ上がり、
裂け、
血を滲ませ、
呼吸も整わない男。
【ムスカール】
「……これが」
ムスカールが動きを止める。
【ムスカール】
「……俺か」
【ヴァトリナ】
「見ろ」
俺は静かに言う。
【ヴァトリナ】
「それがお前の目指した筋肉か?」
沈黙。
【ムスカール】
「……なんて」
唇が震える。
【ムスカール】
「俺は……これを
美しいと、思っていたのか」
筋肉が、震える。
膨張が止まる。
【ムスカール】
「違う
違う……
俺の目指した筋肉は……
こんな、化け物じゃない」
空気が抜けるように、
筋肉がしぼんでいく。
音もなく。
やがて、そこに立っていたのは――
ヒョロ長い、青年だった。
肩は細い。
腕も細い。
だが、目だけは、まっすぐだった。
【ムスカール】
「……俺の負けだ」
静かな声だった。
ムスカールは地面を見つめたまま言う。
【ムスカール】
「俺は、毎日鍛えた
腕立て、腹筋、走り込み
だが何も変わらなかった
食事も、減らした
油を抜いて、量も減らした」
俺は思わず額を押さえた。
【ヴァトリナ】
「それ、逆だ」
【ムスカール】
「……は?」
【ヴァトリナ】
「筋肉をつけたいのに、減らしてどうする」
ムスカールが顔を上げる。
【ムスカール】
「……どういうことだ」
俺は肩を竦める。
【ヴァトリナ】
「タンパク質は摂ったか?」
【ムスカール】
「……なんだ?それは」
【ヴァトリナ】
「負荷は段階的に上げたか?
休息は?」
【ムスカール】
「……水だけ飲んでた」
【ヴァトリナ】
「それは修行僧だ」
ブラーサルが小声で言う。
【ブラーサル】
「なんか、急に先生みたい」
俺はムスカールを見下ろす。
【ヴァトリナ】
「筋肉は裏切らない。
正しく向き合えばな」
一拍。
【ヴァトリナ】
「教えてやるよ。
本物の筋肉の作り方を」
ムスカールの目が揺れる。
【ムスカール】
「……本当に、俺にもできるのか」
俺はニヤリと笑う。
【ヴァトリナ】
「まずは旧制服を着ろ。
話はそれからだ」
沈黙。
ムスカールがゆっくりと立ち上がる。
【ムスカール】
「……わかった。
俺は、学ぶ」
ブラーサルが叫ぶ。
【ブラーサル】
「舎弟増えた!?」
【ヴァトリナ】
「違う、弟子だ」
【ブラーサル】
「ほぼ同じだよ!」
俺は肩を竦めた。
【ヴァトリナ】
「筋肉の証明は終わった。
だが本物の筋肉は、これからだ」
――
ムスカールの敗北は、学園を震わせた。
【謎の影A】
「四天王が一人、落ちた」
【謎の影B】
「筋肉の奴か」
【謎の影C】
「ふん。奴は四天王の中で最も“単純”」
【謎の影A】
「……問題はそこではない」
沈黙。
【謎の影A】
「旧制服派が、また一人増えたことだ」
さらに沈黙。
【謎の影A】
「思想が、感染している。
自覚なしに。」
やがて、椅子の音。
【冷たい声】
「なら次は私が行くわ」
【冷たい声】
「風紀委員四天王――
最強の私がね」
その声は、冷たかった。
――
どうなるヴァトリナ。
旧制服は広まるのか。
それとも、次は“規律”に潰されるのか。




