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凍て咲く花  作者: 瑪瑙
2/5

邂逅と波紋

数日後、秋桜は気持ちの整理もできないまま潮見中央公園に来ていた。

理由は単純。救急車が走り去った方向にあるこの公園に入れば、この前の彼に会えるかもしれないと考えたからだ。

始めこそあの裏路地で待っている方が良いかもしれないと思っていたが、彼が無事だったとしてわざわざあの場所には来ないだろうと考え、やめた。

平日ということもあって、人気は全くなく、辺りは静寂に包まれている。

また、以前にも増して気温が下がり、雪が積もっているため、いつもはたくさんの人に使われているベンチはがらんとしていた。

秋桜はベンチに座り、コートのポケットに両腕を突っ込んだ。

この公園は潮見中央公園という名前の通り、海の見える公園だ。

そのため冬は海風がとても冷たく、秋桜の頬はあっという間に紅色に染まった。

しばらくはその場にいたものの、寒さに耐えられなくなり「今日も来なかったか…」とガッカリした気持ちで立ち上がる。

その時、背後で砂を踏む音が聞こえた。

足音は一定のリズムで、全く迷いが見えない。

秋桜はもしかしてと思い、後ろを振り向く。と、そこには首元や手首から包帯が覗いているという違いはあるけれど、たしかにあの時の人だった。

あの夜よりも顔色がよく、体調は良さそうに見える。

この前から変わらない、黒のスーツに冷たい目。

やっぱり、そっちの世界の人なのかと秋桜は考える。

秋桜はこの数日間ニュースこそ見ていないものの、あれだけの血が残っていたのだから、少しくらい近所で話題になってもいいのではないか、と考えていた。

そして、誰もその話題について触れないのは裏で誰かが隠蔽しているからじゃないか、と思っていた。

この人がもしそっちの世界の人なら、銃による怪我をしていたのも、そのことが全く広まっていないのも辻褄が合う。

秋桜が考えていると、「お前、冬城秋桜か?」とさほど大きくはないものの威圧的に聞かれた。

まさか声を掛けられるとは思っていなかった秋桜は焦ったが、「はい、そうです…」と弱々しくではあるが答えた。

「そうか、この前は助かった。今日は礼を言いに来ただけだ。」

「え、お礼なんていりません!」秋桜は否定の気持ちをなんとか伝えようと慌てて手を振る。

「生きていて良かったです。」正直な感想を言ったつもりだったが、余計なことを言ってしまったかも。

とヒヤヒヤする。

「今回俺がお前のおかげで助かったのは事実だが、同じような場面に遭遇しても、次は無視しろ。」「えっ?」急な説教じみた言い方に秋桜は驚いた。

あんな場面に遭遇することが、そんなに頻繁にある事とは思えない。

秋桜が何も言わないことに痺れを切らしたのか「分かったらさっさと帰れ。」と言い残して歩き出した。

結局何も言い返せないまま姿が見えなくなった。

そのため、秋桜はモヤモヤした気持ちのまま潮見中央公園を後にした。

秋桜の姿が見えなくなってしばらくして、公園から人が居なくなった後、松林の影から足音がひとつ聞こえた。

上質な生地のコートが街灯の明かりを遮る。

「なるほどね……」

その声は海風に攫われ波の音に消された――。


またまた数日後、秋桜が会社を出たのは午後十時頃だった。

例の如く、上司は終わらなかった仕事を部下に半ば強制的に押し付けて、何の悪気もなく会社を出ていった。

この前の出来事もあり、秋桜は深い溜息をつく。

最近は変わったことばっかり起こるなあと最近起こった変わったことを思い返していた。

その時一台の車が細い道を塞ぐような形で停止した。

秋桜が不思議に思う間もなく、中からコートを着た男が降りてきた。

「こんばんは。冬城秋桜さん。」どうして名前を知っているのか、考えるより先に身体が動いていた。

すぐに後ろを向いて走ろうとするが、既に後ろには男の仲間だと思われる男が数人立っていた。

「警戒心が強いですね。良いことです。」

「私になんの用ですか…」

「ちょっと顔をお借りしたいだけですよ。」

男の右手が軽く上に向けられる。

すると背後にいた男達が秋桜の口元に布を当てる。

布に塗ってあるのは、麻酔薬だ。

薬品の強い香りが鼻を刺す。

秋桜は必死に腕を振り、男の足を踏んだ。

だが秋桜の抵抗も虚しく、視界は大きく歪み、立っているのか座っているのかもわからなくなった。

遠のく意識の中男の声だけが妙に鮮明だった。

「あなたは彼の弱みになりうる」

男はしゃがみ込み、薄笑いを浮かべている。

車は秋桜を乗せ、そのままどこかへ走り去った。


秋桜が目を覚ましたのは殺風景で、とにかく無機質な部屋の中だった。

天井には一定の間隔でダウンライトが埋め込まれている。

病室のように整えられた空間だが、辺りを見渡しても窓だけは見つけることができなかった。

手首、足首には拘束具がつけられている。

金属ではなく革で作られているためか、思っていたよりも痛くはない。

そこで秋桜は天井に監視カメラがあることに気がついた。

何か声を出そうとした瞬間扉が開く。

コツコツコツと規則的に近づく靴の音が聞こえる。

入ってきたのはやはりあの黒いコートの男だった。

「安心してください。すべての人間は命に価値がありますから。」

男は部屋を一瞥し「あなたに危害は加えません。まだ」と独り言のように吐き捨てる。

「まだ」という言葉が秋桜にはとても冷たく感じられた。

「ここは深月区の外です。叫んでも無駄ですよ。」

「あなたが協力的なら快適に過ごせる。」

男は椅子に座り、「何か質問はありますか。」と問いかけてくる。

秋桜の頭は意外にも冷静に働いていた。

この人はまだ私に危害を加える気はない。

ということは身代金が目的?

「身代金ですか…?」

男は微笑してこう言った「違います。あなたの価値は金では測れない。」

身代金じゃないならどうして何もしてこないんだろう…

秋桜が次の考えに辿り着く前に男が付け加えた。

「氷影静馬はあなたに恩を感じている。」

「ひかげしずま?」秋桜はその名前に聞き覚えがなかったため聞き返した。

「やはり名前は知らなかったようですね。」

「あなたが助けた男の名前ですよ。」

秋桜の頭はあの雪が降っていた夜、潮見中央公園で海を見ていた日の出来事が映画のように流れていた。そして思った。ひかげしずま。彼にぴったりの名前。

氷のように冷たい目を持ち、秋桜とは違う世界で生きている彼に氷影静馬という名前は他のどんな名前よりもしっくりくるような気がした。

「その人がどうかしたんですか?」

内面は動揺していたが、表向きはバレないように話す。

「あの男が何を選ぶのか。私は見てみたいだけです。」

秋桜はなんと返していいのか分からず黙り込む。

すると男が思い出したように声を出した。

「そういえば、名乗っていませんでしたね。」

「水陰玲司。私の名前です。」

「やっと対等になりましたね。」

恐怖よりも覚悟が伝わってくる目で秋桜は玲司を見ていた。

誘拐されてもなお強気の秋桜に玲司は「あなたは面白いですね。」と話しかける。

「普通は泣くか、怒鳴るか。命乞いをするんですが。」

玲司は椅子の背に体を預け、「あなたは違う。」と本当に面白そうに天を仰いだ。

「あなたは自分が駒だと理解している。」

秋桜は黙ったまま玲司の言葉を聞いている。

「ですが、駒にも重さがあります。」

コートのポケットからスマートフォンを取り出す。

「試してみましょう。」

秋桜からは見えないがどこかに電話をかけているらしい。

数回の呼び出し音の後に通話が繋がる。

「こんばんは。氷影静馬。」

相手が何を話しているのか秋桜には聞こえない。

数秒の間が空いたあと「あなたの弱点を預かっています。」と玲司は静かに言った。

「場所は白凪区。詳しいことはあなたの誠意次第ですが、海が見えるマンション、最上階、くらいのヒントは与えましょうか。」

秋桜の方を見て、かすかに笑いながら言う「無事ですよ。今のところは。」と続けた。

「あなたの行動次第ですが。」

相手の返答を待たずに電話を切った。

「さて」玲司が立ち上がる。

「彼はすぐに来ますよ。」

秋桜の心は来てほしいという気持ちと来ないでほしいという気持ちのなかで揺れ動いていた。


「あなたの行動次第ですが。」そう言って玲司は静馬が口を挟む間もなく電話を終了した。

「チッ」深月区の中心部にあるタワマンで静馬は舌打ちをした。

スマホの電源を切り、椅子の背に無造作に掛けられていた黒のジャケットを取り、慣れた手つきで腕を通す。

玄関で車の鍵をポケットに突っ込み、足早にタワマンを後にする。

静馬のいなくなった部屋は家具がほとんど無いためかやけに広く、静かに感じられた。


玲司の言っていた通り、静馬は電話から三十分もたたないうちに玲司の言う白凪区のマンションに辿り着いていた。

人の姿はおろか、車も滅多に通らないような再開発エリアには海の見えるマンションが約五棟あるが、そのうちの三つは今は廃墟になっている。

静馬は玲司が端正な場所を好むことを知っていたため、残る候補は二つとなった。

また、深月区に近いマンションは人通りがまばらにあり、人を監禁するには向いていない。

そのため玲司のいるマンションは必然的に一つに決まった。

車を降りるとき静馬は銃を持っていくべきか迷っていた。

相手が何を条件としてくるのか分からず、もしもの事があれば使うかもしれないと思っていた。

だが誘拐されている一般人の前で発砲するわけにはいかないかと思い直し、結局ダッシュボードの奥に置いてきた。

エレベーターに乗り、迷いのない動作で最上階のボタンを押す。

最上階には一部屋しかないため、エレベーターを降りるとすぐに玲司を視界に入れることができた。

「やはり来ましたね。」

「人質を解放しろ。」

「怒っているんですか?」玲司は嘲笑うように一歩静馬に近づく。

静馬の視線がほんの一瞬、奥の部屋へ向けられた。

玲司はそれを見逃さない。

「安心してください。彼女は一般人だ。傷はつけていませんよ。」

「目的はなんだ。」

「相変わらず言葉が足りませんねえ。世間話の一つや二つしてくれてもいいでしょう。」

「目的は、と聞いている。」静馬は怒りを押し殺しながら、拳を握りしめる。

殴りかかりたい気持ちはやまやまだが、秋桜が人質としてとられている以上下手な真似はしたくなかった。

「目的ですか。簡単なことですよ。組の再編に協力願いたい。」

「断る。」

ハハハと玲司は乾いた笑いを漏らす。

「即答ですか。流石ですね。」

「ではしょうがない。」部下に目配せをして玲司は静馬をみた。

三十秒もしないうちに部下は奥の部屋から秋桜を連れてきて玲司の前に座らせた。

秋桜は手首を拘束されてはいたが、足や口などは拘束されていない。

それなのに秋桜が何も話さないのは「本当に来てしまった…」という絶望に近い感情と、これからどうなるのだろうという不安な気持ちから、言葉が出なかったからだ。

「私もできることなら円滑に事を進めたいんです。もう一度聞きますよ。組の再編に協力していただけますか?あなたがイエスと言っていただければ、彼女は今すぐに解放します。」

「断るといったはずだ。組を裏切るわけにはいかない。」

「それがあなたの返事ですね。」

玲司は残念そうに肩を下げる。

そしてコートのポケットから銃を取り出すと、秋桜のこめかみに銃を当てた。

静馬の目の色が変わったことに、玲司はあえて触れなかった。

「やめておけ。」静馬は落ち着いた表情のまま玲司に忠告した。

玲司が引き金を引いた。

部屋に銃の音が響いた。

壁には小さい穴が空いている。

遅れて、秋桜の髪が一房、コンクリートの上に落ちた。

血は出ていない。

秋桜は何が起こったのか分からず、息をすることも忘れて固まっている。

玲司は銃口を秋桜に向けたまま静馬にこう告げた。

「次は右足に当てます。」

秋桜が小さく息を呑む。

「正気か?」

「ええ、歩けなくなっても生きてはいますから。」

部屋に長い沈黙の帳が落ちる。

秋桜の肩が小さく震えているのがわかる。

静馬は目を閉じた。――クソ。

深く息を吐き、まっすぐ玲司を見た。

そして「わかった。」とはっきりとした声で玲司に言ってみせた。

玲司はゆっくりと銃を下ろし、部下に拘束を解くよう命じた。

銃をポケットに入れながら玲司は「あなたが受け入れてくれてほっとしていますよ。」と胸に手を当てながら言った。

静馬は何も言わずに秋桜を自分の後ろに立たせ、エレベーターの方に歩き出した。

ですが――

「もし約束を破るようなことがあれば、次はありませんよ。」

静馬は何も言わずその部屋を秋桜と共に出ていった。

秋桜はエレベーターの壁にもたれながら、「どうして来たんですか…?」とずっと思っていた疑問を口に出した。

無視されるかもなあと思っていた矢先「来ないという選択肢はなかった。」と言われた。

「なんでですか?」また思った疑問を話す。

今度は即答ではなかった。

エレベーターが徐々に地上へ近づいていく。

「関わらせた責任がある。」

人は責任感だけであそこまで危険を冒すんだろうか?とまた疑問が浮かんだが秋桜は口にはしなかった。

エレベーターが一階に着いたことを告げる。

今度は静馬が秋桜に問いかける。

「お前、ここから一人で帰れるか?」

頭が真っ白になる。そんなこと、考えていなかった。

帰れない。帰れるわけがない。ここに来るまでは気を失っていたし、周りの景色にも見覚えがなかった。

でもこれ以上は迷惑をかけられない。

「一人で大丈夫です。」

スマホは返してもらったし、自分でマップを見ながら帰るしか無いか…

「現金はあるのか。この近くに駅はない。タクシーを呼ぶのが一番手っ取り早いが、深月区なら徒歩だと最低でも一時間はかかる。」

「一時間もかかるんですか…」

ただでさえ仕事で疲れていたのに、拘束までされて秋桜の体は満身創痍だった。

さらに、ずっと張り詰めた空間にいたからか、精神的にももう限界だ。

「あの、送ってもらえますか……」

渋々といった様子で懇願している秋桜を静馬は断らなかった。

「どこまで送ればいい。」と聞く静馬に正直に自分の住所を答えてしまったのは、疲れていたからか、信用してしまったのか、今となっては分からない。

車に乗るとふたりとも黙り込んだ。

秋桜は眠そうにしていたが送ってもらっているのに寝るわけにはいかないと必死に睡魔と闘っていた。

静馬は何を考えているのか表情からは読み取れない。

秋桜から伝えられた住所に到着したとき、秋桜は助手席で静かに眠っていた。

肩を叩こうとして辞めた。

代わりに秋桜が手に持っていたスマホを手に取る。

指紋認証を使いスムーズに画面を開く。

そして自分の電話番号を登録して閉じた。

肩を叩く。

秋桜は疲れているからか、なかなか起きない。

静馬は「めんどくせえな」と小言を漏らしたあと、「おい、着いたぞ。」と通る声で秋桜に到着を知らせた。

秋桜は目を開けてからしばらくの間ぼうっと宙を見ていたが、静馬を見て目を見開いた。

「すいません…。寝るつもりはなかったんですけど…」

言った後でちらりと静馬の方をみるが怒っている様子はなく、安心する。

「もう二時だぞ。早く家に帰れ。」車を降りるよう促されて、秋桜は申し訳なかったなと思いつつ下車した。

扉を閉めようとしたところで声を掛けられた。

「さっきお前のスマホに俺の電話番号を登録した。何かあったらそれにかけろ。」

秋桜はスマホ、電話番号、と頭のなかで単語を繰り返してみるがよくわからず、曖昧な返事をした。

その後、家に帰って何をしたのかは覚えていない。

次に目を覚ました時に秋桜はスーツのままベッドの上にいた。

スマホの画面に表示されている時刻は午前四時。

たぶんお風呂には入っていない。

会社に体調不良で休むと嘘の連絡をして、今日は休もうと思った。まだ少しだるさが残っている体を起こし、お風呂を沸かす。

湯船につかりながら秋桜は昨日のことを思い出していた。

静馬が去り際に言っていたことを思い出す。

確か電話番号がどうこう言ってたから、電話番号…電話番号!?

浴槽から急いで飛び出し、乾いたタオルで手を拭く。

近くに置いておいたスマホで連絡先を確認する。

あった…

一番上に表示されている名前は氷影静馬になっている。

確認した後、まだ何もしていないことに気がつき、急いで浴室に戻り、体を洗い洗顔をした。

意味もなくもう一度連絡先を開く。

秋桜は車で寝てしまった罪悪感と危険を冒してまで助けてくれた感謝を伝えたかった。

文字を打ったり消したりを繰り返し、思い切ってメッセージを送った。

「昨日はありがとうございました。」

絵文字か何かつけるべきかな…と思い悩んだが、なんだか恥ずかしくなってやめた。

短くなった髪を触っていると、昨日の出来事と銃の音が蘇ってくる。

さっきまではなんともなかったのにスマホを持つ手が震える。

目の奥が熱くなり、慌てて服の袖で涙を拭う。

「髪切ろうかな」枕に向かって呟いた。


秋桜がメッセージを送るか決めかねていた頃、静馬は頭痛に悩んでいた。

秋桜を送ったあと、午前三時半頃には自宅のタワーマンションに着いていたが、寝る気にもなれなかった。

風呂はシャワーで済まし、部屋着ではなく新しいスーツを着た。

静馬はこの家が嫌いだ。

だからいつも必要最低限のことしかせず、用が終わればすぐに出ていく。

もともとこのタワーマンションは静馬の所属している組、片桐組が購入し、静馬に受け渡したものだった。

家具はほとんど無く、使っているものはベッドくらいだ。

この日もできる限り外で過ごそうと、まだ髪も乾いていないのに家から出た。

車に乗り、十分ほどはぼんやりと車の天井を眺めていた。

家を出ても頭痛が治る様子はない。

薬でも飲もうかと考え始めていたとき、スマホの通知音が鳴る。

表示されている名前を見ると冬城秋桜とある。

危険が迫った時のために電話番号を教えたが、まさかメッセージを送ってくるとは思わなかった。

既読をつけるか迷ったがやめた。

車を降りて、駐車場に設置してある自動販売機で水を買う。

痛み止めは一回二錠だが、規定量を無視し多めに流し込んだ。ポケットに入れていたスマホから通知を知らせるバイブが鳴る。

メッセージを送ってきたのは秋桜ではなく、部下の三宅だった。

報告内容を確認する。

「組長がお呼びです。話を伺いたい様なので早めのほうがよいかと思います。」

いつものように、要件だけを簡潔にまとめてくれていた。

三宅はもともと子分として資金を集め、組長に上納金を納める役割、いわば下っ端だったが、報告までの早さと几帳面な性格を買われ、今は側近に置かれている。

昔、何をやらかしたのか、組長に処分されそうになったことがあったがそれを庇ったのも静馬だった。

それ以来三宅は静馬に忠実な部下として、情報や組長からの伝言を伝えている。

三宅からのメッセージに「向かう」とだけ返し、車を出した。

時刻は午前四時五十七分。

早朝だからか車通りはほとんどなく、目的地に着くのは思っていたよりも早そうだ。

信号が赤にかわり、ブレーキを踏む。

その時三宅以外からもメッセージが来ていたことを思い出した。

もうメッセージが送られてから一時間近く経っている。

そろそろ既読をつけないとまずいか、とメッセージを開く。

「昨日はありがとうございました。」

とあるが、なんと返すべきか分からなかった。

信号が青に変わり、結局返信をすることができなかったがまあいいかと電源を切った。

そこから五分もせずに、目的の場所に着いた。

ビルの前に車を止め、建物の中に入る。

エレベーターの前には既に三宅が待機しており、「疲れてますねえ。顔色悪いですよ。」と小言を言ってくる。

三宅の悪いところはお喋りが過ぎるところだが、いつも真面目に取り合っていない静馬からすれば大したことではなかった。

エレベーターに乗ると、古い蛍光灯がチカチカと点滅していて目障りだ。

この建物は築四十年程の古い建物で、六階建ての雑居ビルだ。

一階は別会社の看板がかかっていて、三階から五階が事務所、六階が組長室となっている。

廊下からする湿ったカビの匂いが染み付いている。

エレベーターを降りると正面に組長室の扉が見える。

三宅はエレベーターの前で止まり、静馬の背中を見送る。

静馬は迷うことなく扉をノックした。

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