第五話 本質を穿つもの
命からがら自室へと逃げ延びたアタシと沙雪。
急いでカギをかけるのと同時に、またも色餓鬼によるドン、ドンッ!と激突音と衝撃が扉越しに響いてくる。
「沙雪ッ!!」
「わかってる!」
急いで椅子やカバンなど動かせるものをなんとか扉の前に置くことで即席のバリケードを作ろうとするけど、如何せん女子高生二人の力では限界がある。
重すぎる机を動かすことも出来ず、他に何か積み上げられそうなモノがないかと部屋の片隅に視線を向けた先。
そこに、ありえないモノが存在していた。
――両側面から不格好な鉄製のマジックアームを伸ばし、台座が重厚なキャタピラで出来た豪華な電飾で彩られたカジノのスロットマシンを彷彿とさせるフォルム。
間違いない、コイツは――。
『”ネオン・キャタピライド”!?』
二人でほぼ同時にその名を叫ぶ。
「家に入れずに玄関に置いてきたはずのコイツが、何でここにいんの!?」
「わかんないけど……怪異オブジェクトなんていうマトモな理論がつかない存在だから、条件さえ合えば自由にターゲットの前に出現出来るのかも……」
……確かに、最初に出現したときも脈絡なさすぎるくらい自然に憐徒さんの隣にいたもんなコイツ。
いや、でもじゃあその台座のキャタピラはなんなんだよ。
移動の時に使うとかじゃないのか。
「――ってゆうか、そんな状態で直に室内に入ってくんな!!床傷ついたらアタシがママに怒られんじゃん!」
そう言いながら、ネオン・キャタピライドに詰め寄る。
「こんの、どけ……ってクソ、本当に重いなコイツ!」
駄目元でどかそうと持ち上げようとするが、全然動く様子がない。
そうこうしている内に何も操作していないにも関わらず、突如キャタピライドの中央にあるスロット画面がけたたましく動き始めた。
「……もしかしなくても、これで自分と勝負しろ、って言いたいワケ?」
『……』
肯定、と言わんばかりに過剰ともいえる音と光の演出を続けながら、キャタピライドが両方のマジックアームを伸ばして〇のポーズをする。
スロットマシンのくせに、筐体ごと少し斜めに傾けてほんのり可愛さとかアピールすんな。
警察に尋ねたところで『それは賭博じゃなくて遊戯ですね』って答えしか返ってこないだろうけど、お前みたいな存在なんてギャンブル以外の何物でもないだろ!!
逼迫した状況もあってか、諸々の怒りを込めてアタシは眼前の怪異と対峙する。
「――上等。アタシが勝ったらその図体ごと、未来ある若者達を守るバリケードの一部として強制的に社会貢献させてやるんだから!!」
それを了承と見做したのか、画面中央の柄が三つ揃ったかと思うと、メダルがじゃらじゃらと出てくる。
「……初回のハンデのつもり?後悔しても知んないよ!」
「ちょっと、あかり!!そんなことしてる場合じゃないでしょ!!」
即席に積んだ諸々と一緒に後ろを向いた状態でドアを押さえつけていた沙雪が叫ぶ。
「わかってる!――でもアタシらだけじゃ突き破られるし、いきなり出てきたコイツには少しくらい役立ってもらわないと割に合わないでしょ!!」
そう言いながら、アタシは椅子のつもりなのか下の方へと回り込んできたマジックアームを手ではたきながら、立ちっぱなしの状態で筐体に向き合う――!!
スロットを開始してすぐに、強チェリーからのフリーズ演出。
画面が暗転し、神々しい光とともに『特化ゾーン』の文字が躍るあたり幸先は良さそうだ。
……今日は散々だしアタシの迂闊な提案から大変な事態に巻き込んじゃったけど、これならすぐにカタをつけて頑張ってくれている沙雪を助けに行けそうだ。
勝利への高揚感と罪悪感からの解放。
脳内麻薬が全身を駆け巡っているのか、『ひょっとしたら』という言葉の浸食具合が進んでいたアタシの指先は、わずかに震えていた。
――けれど、眼前の派手な演出とは裏腹に状況は暗転し始める。
突如として当たりが遠のいていく。
液晶は静まり返ったかと思うと執拗に、何度も、何度も同じハズレ演出を繰り返す。
下皿のメダルを再び投入口に……アレ?掴んだはずの手が見事に空振りする。
広げた掌を見つめてグッ、パッ、グッ、パッ、と繰り返すが、まるで私の身体じゃないみたいだ。
背後から沙雪が何かを叫んでいる。
……いけない、こんなことをしている場合じゃない。
急いで換金してリベンジを果たさないと。
でもって、コイツにありったけのメダルを吐き出させて軽くしてから、大人しくバリケードの素材の一部にしてやらないと。
これが全部終わったら、残ったメダルを換金して沙雪に「ゴメン!」って言いながら叙々苑で焼き肉を食うんだ。
なんならボネペティおばさんだけじゃなくて、あんまり役に立たなかったけど憐徒のオッサンも特別に打ち上げってことで誘ってあげてもいいかも。
そんな事を考えている間にも、光の速さで6000円が消えていく。
アタシの財布の中が……空?
でも、そんなこと気にしている場合じゃない。
何よりここで引いたら”負け”だ。
というか、これは敗北じゃなくてただ単に怪異というATMに一時的にお金を預けてやってるだけ。
ジャラジャラと目障りにはしゃいじゃってるけど、本質はなんら変わることなくお生憎様、ご愁傷様。
アタシはすぐさま机の中から取り出した今年分のお年玉袋を取り出し、秘蔵の3万円をサンドへと吸い込ませる。
アンタの敗因は人間の”覚悟”を最後まで侮ったこと……ただそれのみ!!
演出をスキップする指の動きは自然荒くなり、自分でも分かるくらいに目が血走る。
そんな意気込みに呼応するかのように、アタシの努力の結実が『天井』直前での単発当たりという残酷な形でわずかなメダルとして排出される――!!
「嘘……ほんとに、コレで全部なの……!?」
久しぶりに、言葉を発した気がした。
何故だろう、『自分の声って、こんなにキモかったっけ?』と脈絡のない思考を言語化するよりも早く、脊髄反射的に最後のメダルを投入した――そのときだった。
――パァン……ッ!!
……えっ?なんで目の前にスロット画面じゃなくて、沙雪の顔が?
見れば、彼女の目からは隠しきれないほどの大粒の涙が流れている。
頬が熱い。
……あぁ、ぶたれたのか。
ぼんやりとしながらも自分なりに状況整理をしようとしていた矢先、ボフッ!とベッドにアタシは押し倒されていた。
「えっ……痛ッ、ちょっと!何して――」
そこから先は、言葉どころか息をすることすら出来なかった。
泣いていても端正な沙雪の顔が近づいてきたかと思うと――アタシの言葉を紡ごうとした唇は、冷徹なまでの速さで塞がれていた。




