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銀髪の猫はなにを願う  作者: 熊猫
第二部

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第二十九章:迫る足音とそれぞれの選択

挿絵(By みてみん)

朝のギルドには、すでに活気が戻っていた。

 

木製の扉を押して中に入ると、ファナたち三人の耳に、冒険者たちの談笑や足音、紙のめくれる音が心地よく届いてくる。

ファナは猫耳をぴくりと動かしながら辺りを見回し、ゆっくりと受付のカウンターへ向かった。

 

「おはようございます」

明るく声をかけたのは、いつもの受付の女性だった。三人の姿を見て、にこやかにうなずく。

「おはようございます。ちょうどよかったわ、あなたたちにお知らせがあるの」

「お知らせ……?」

ファナが首をかしげると、女性は手元の依頼帳を軽く叩きながら言った。

 

「近々、中規模の護衛依頼が出る予定よ。詳細はまだだけど、複数のパーティーで動く案件になる見込みだって話。Fランクのあなたたちにも、声がかかる可能性が高いわ」

 

「中規模……」

リクトが小さく反応し、セナは口元に笑みを浮かべた。

「つまり、ステップアップのチャンス……ということですね」

「ええ。くれぐれも、心の準備はしておいてちょうだいね」

 

昼前、依頼が本格的に始まるまでの間、三人はそれぞれギルドの簡易依頼を引き受けて別行動をとることになった。

 

ファナは、街の市場周辺で落とし物の届けや、子どもたちの案内といった市民向けの補助活動。

セナは、ギルド書庫の奥で古い記録の整理を任され、膨大な巻物と魔術書に囲まれながら黙々と作業をしている。

リクトは訓練場の片隅で装備の点検や稽古の補助を担当し、上級冒険者たちの動きを間近で観察していた。

それぞれが、ささやかながらも“冒険者としての働き”を自分の手で感じ取っていた。

 

昼下がり。柔らかな風が吹き抜ける広場の縁。

ファナは、小さな石造りの椅子に腰かけて、子どもたちを前に語りをしていた。

「……そして、狐の子は森の向こうで大事な“しっぽの約束”を交わしたんだ。だからね、泣かなくていいの。しっぽは心とつながってるから――」

子どもたちは目を輝かせて聞き入っていた。ファナの声は優しく、少し歌うような響きがあった。

 

「……いい話だったー!」

「また今度もしてね!」

そんな声に見送られて、ファナはゆっくりと立ち上がる。

そのときだった。

 

「……風のような語り方ね」

静かな声が木陰から聞こえた。

驚いて振り返ると、石の柵にもたれかかるようにして座っていた一人の女性が、微笑みながらこちらを見ていた。

銀白色の髪がゆるやかに揺れ、淡い紫灰の瞳が光を受けて淡く輝く。

青と白を基調とした軽やかなローブの裾には、星座のような刺繍があしらわれている。

 

「あなた、昔“語り部”だったでしょう?」

「――えっ」

ファナは息を呑んだ。

「……どうして、それを……」

「言葉に宿るものは、消えないのよ。たとえ忘れたとしても、聞いた人の中には残る。……あなたの語りには、それがある」

 

レーネ・フィルメリアと名乗ったその女性は、ゆっくりと立ち上がった。

「“冒険者になったから語るのは終わり”……そんなふうに思っているんじゃないかしら?」

 

ファナは肩を揺らした。図星だった。

「でも……今は、戦わなきゃって思ってて。語ってるだけじゃ、何も守れなかったから」

「それでもいい。語ることも、戦うことも、あなた自身の選択。矛盾しないわ。どちらも、誰かを想ってのことなんでしょう?」

レーネの声は風のように穏やかで、そして芯があった。

ファナは、小さく唇を噛みしめたあと、そっと頷いた。

 

「……わたし、語ることが……やっぱり、好きなんです」

「それでいいの。あなたが選び直したなら、それが“今”の答えよ」

そしてレーネは、背中の折りたたみ式の杖を肩にかけると、ゆっくりと歩き出した。

「また会いましょう。きっとすぐに」

 

夕暮れ時。ギルドの広間に再び集まった三人に、ついに依頼の概要が告げられた。

商人キャラバンの中距離護衛任務。

街から東に続く街道を数日かけて進む中で、盗賊や野生動物からの防衛が目的。

 

「参加パーティの一覧はこちらね」

受付の女性が差し出した紙に、ある名前が並んでいた。

――「暁鋼の牙」

「……あいつらも来るのか」

リクトの顔に緊張が走る。拳が自然と握られていた。

セナは気づいていたが、軽く肩をすくめる。

「また賑やかになりそうだね」

ファナは、ふと広場での会話を思い出しながら、小さく息を吐いた。

(……きっと、大丈夫。今の私なら)

 

夜、宿に戻った部屋で。

ファナは、小さな鏡の前に立ち、髪を整えながら自分の目を見つめていた。

「……私の言葉は、誰かに届いてるのかな」

昨日までとは違う何かが、確かに自分の中に生まれている。そう感じられた。

 

一方、リクトは自室で短剣の手入れをしていた。

刃の鈍り具合を確認しながら、ぽつりとつぶやく。

「……次こそ、守る」

その言葉には、かすかな決意がこもっていた。

 

セナは、宿の外に出て月を見上げていた。

「さて、次はどんな風に進もうか――君たちとの旅を、ね」

 

月光の下、三人はそれぞれに歩き出す準備を整えていた。

次に進むための、一歩を。

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