第二十五章:知ってしまった言葉
子どもたちの「ありがとう!」「また聞かせてね!」という元気な声が、風に乗って広場に響く。
ファナは猫耳を揺らしながら笑みを返し、そっと一礼する。
語り終えたあとの、胸の奥がほんのりあたたかくなる感覚――それは、以前よりも確かだった。
「……楽しかった」
「うん、君の話、今日も素敵だった」
隣を歩くセナは、いつも通りの優しい笑顔で言葉を重ねる。
広場を出て、舗石の通りを歩きながら、ふと子どもたちの言葉が思い出された。
「ねぇ、お姉ちゃんとあのお兄ちゃん、仲良しなんだね!」
あのとき、ファナはただ首を傾げた。
「……仲良し、って言われたけど……それって、どういう意味なんだろ」
「そうだね。定義は人それぞれだけど……僕は、君と一緒にいると嬉しいよ」
言いながら、セナは視線を逸らすこともなくまっすぐに微笑んだ。
ファナはその笑顔を見返すことができず、視線を下げた。
「……うれしい。けど、どうしてうれしいのか、分からないの」
「それでいいと思うよ。大切なのは、感じることだから」
ふいに、セナは立ち止まった。
「じゃあ、また後でね。リクトにもよろしく伝えて」
「うん……またね」
手を振って、彼は別の路地へと消えていった。
ファナは一人、ふと人気のない小道を選び、静かに歩き出した。
昼下がり、裏通りの小さな井戸のそば。
壁にもたれていたリクトに、ふと近づく足音があった。
「やあ、探してたよ」
「あ? セナ……?」
セナは微笑みながら肩をすくめる。
「一歩リードさせてもらったよ。さっき、ファナとデートしてきた」
「……は?」
リクトが瞬きし、次の瞬間には顔を赤くして叫ぶ。
「で、デ、デートって……お前、それ本気で言ってんのか!?」
「事実を少し誇張しただけさ。散歩して、語りを聞いて、リボンを選んで……十分デートだよね?」
リクトの眉が跳ね上がる。
「お前、それ……!」
「君は彼女にとって“いい仲間”止まりだ。今のままなら、僕がもらうよ」
その一言に、リクトの拳が震える。
「……っ、オレだって……ファナのこと、好きなんだよっ!!」
風が一陣、葉を巻き上げた。
小道の曲がり角の先――木陰に立つ少女の姿があった。
猫耳が揺れ、銀の髪が光を反射する。
ファナは目を見開き、リクトの方を見ていた。
「……ファナ……?」
リクトの声に、ファナは言葉を失ったまま立ち尽くす。
驚き、戸惑い、混乱。目の奥が熱くなるような感覚。
「わたし……」
何も言えない。何を言えばいいのかも分からない。
セナも黙ったまま二人を見ていた。
やがて、ファナは一歩だけ下がると、踵を返して走り出した。
風が、彼女の赤いリボンを揺らす。
「っ……くそっ、なんであんなこと言ったんだ、オレ……!」
リクトは頭を抱え、蹲るように座り込む。
心臓の音が耳に残る。顔が熱い。頭が真っ白だ。
セナはそばで小さくため息をついた。
「でも、本気だったことだけは伝わったと思うよ」
「……隠してたんだ。ずっと、バレないようにしてたのに……っ」
リクトの拳が地面を叩く。
「でも、もう隠せねぇ。隠したくもないんだ……!」
セナは小さく笑い、ただ一言を置いて立ち上がる。
「じゃあ、後悔しないようにね」
人通りの少ない石畳の路地――古いベンチに座り込んだファナは、胸を抑えていた。
喉が渇いて、息が上手く整わない。
心臓の音が、耳の奥でやけに大きく響いている。
「……好きって……どういうことなの?」
ぽつりと呟いた自分の声が、やけに響いた。
頬に手を当てると、そこはほんのり熱を帯びていた。
「わたし……なにか、変になってる……?」
猫耳がぴくりと動く。
胸の奥がざわつくこの気持ちは、何かが変わり始めている証。
ファナはまだその名を知らない。
けれど、確かに“知ってしまった”のだった。




