第二十三章:交錯する刃(かたな)
昼前の陽が、まだ柔らかな金色の光を街路に落としていた。
ギルドの掲示板前に貼られた新しい依頼票には、金で縁取られた印が押されていた。
「地方貴族の護衛依頼……荷馬車の移送か。場所は渓谷沿い……ちょっと嫌な予感がする」
セナが文書を読みながら呟くと、隣のリクトが腕を組んだ。
「それにしても、この“特別扱い”ってのはなんだ? 馬車の中に入る護衛なんて、普通なら一番信頼されてる奴がやるだろ」
「なのに、指名されたのは――私」
そう言ったファナの声は静かだった。
依頼主は、街にある名門の分家筋である男だった。
彼の親類――濃紺のマントを羽織った中年男――が護衛隊のまとめ役を務めており、あからさまにファナを見下ろすように言い放った。
「戦えるとは聞いていますが……見た目が目立ちますので。中でおとなしくしていてください。万が一の場合には、少しくらいは役に立っていただければ」
「……はい」
猫耳を伏せ、ファナは小さく応じた。
リクトは明らかに苛立っていた。
「中に閉じ込めるなんて、馬鹿にしてるにもほどがある」
「リクト。ここは任務だから」
セナが抑えるように声をかけるも、彼の視線はずっと馬車の後部に注がれていた。
その中で、ファナは静かに座っていた。依頼主の目は、まるで獲物を値踏みするかのように彼女を見ていた。
「獣人は、感覚が鋭いんだったね。頼もしいよ。……それに、その耳と尻尾。なかなか風情がある」
「……それは、どういう意味でしょうか」
「いやいや。褒めてるんだよ。もちろん」
ファナは曖昧に微笑み、視線を逸らした。胸の奥がかすかにざらつく。それでも、これは仕事なのだと、自分に言い聞かせた。
谷沿いの道に差しかかったその時だった。
「――ッ!」
崖の上から、突如唸り声が響いた。
濁った灰色の皮膚、牙を剥いた獣が飛び出し、岩を砕いて一行の頭上へ襲いかかる。
「魔物!? 馬車を守れ!」
外で叫び声が上がり、リクトとセナが即座に動く。
だが、その時――馬車の天井が破られ、魔物の一体が内部へと飛び込んできた。
「下がって!」
ファナは咄嗟に依頼主を庇いながら跳ね起き、短剣を抜いた。
一瞬の静寂の後、鋭い金属音が馬車内に響いた。
狭い空間での戦い。ファナは身を低くして斬りかかり、魔物の目を狙って突き刺す。
唸り声が弾け、馬車の中が揺れた。
なんとか魔物は倒した――だが、内装の壁板が破損していた。
「な、なんてことだ! お前が勝手に動いたせいで、馬車が壊れたんだ!」
「えっ……わたしは……」
「言い訳は聞かん! 護衛のくせに命令も守れず、役立たずめ……!」
その瞬間――
「まったく、これはひどい光景だね」
木々の合間から現れたのは、見覚えのある紅いマント。
「我が名はメル・エルドリア。絶賛護衛任務中のところ、上から気になる音がしたので様子を見に来たら、なんとも愉快な劇場だったよ。ファナ嬢、無事で何より」
「メル……さん?」
その後ろからラゼル、バルクも続いて現れる。ラゼルの視線は即座に周囲を走査し、冷静に状況を把握した。
「……魔物、複数だったな。二手に分かれて挟撃の形。残りが谷の奥にいる」
「探る」
バルクが小声で言い残し、音もなく崖を駆け上がっていった。
その後の戦闘は、まさに連携だった。
ラゼルの指示で二手に分かれ、ファナたち三人と暁鋼の牙が協力して魔物の残党を掃討していく。
崖下で突撃する魔物に対し、ファナは走りながら距離を取り、短剣で要所を的確に狙う。
「前より速いな。動きに無駄がない」
バルクがぽつりと呟いたその言葉に、ファナは一瞬目を見開いた。
それは、以前の自分を覚えていた証。そして、成長を認める言葉だった。
すべてが終わったあと。
「おい。文句言う前に、まず自分の非を認めたらどうだ」
リクトの怒声に、依頼主が顔を歪める。
「お前がファナを押し込んだんだ。外に出てれば、もっと安全に戦えた」
セナも静かに補足する。
「馬車の破損は、彼女が守った証拠でもあります。勝手に動いたわけではありません」
「……俺がギルドに報告する。見た通りに書く。それだけだ」
ラゼルの言葉に、依頼主はぐっと言葉を詰まらせた。
その日の夜、ギルドでは中堅職員のリリアナが対応にあたった。
「依頼主の報告と、現場での証言が矛盾していました。こちらとしては、ギルド規約に基づき、虚偽報告としての処分を下します」
ファナたち三人は、報告書の控えを手に受け取りながら、静かに内容を読んでいた。
《護衛対象の魔物侵入を確認。ファナ・ラムゼリアの単独撃退行動は的確であり、被害を最小限に抑えたことを確認。》
そこに、ラゼル・クラウザの署名もあった。
「……わたしのこと、ちゃんと見ててくれた人が、いたんだ」
その呟きは小さく、誰にも届かなかった。
夜風が吹く中、三人はギルドの裏手で腰を下ろしていた。
「次、同じような依頼が来たら、俺が馬車に乗る。交代だ」
「……え?」
「危ねえとこに押し込まれて、また同じことになったら意味ねえだろ。だから、次は俺が行く。俺がやる。……それだけだ」
リクトはそっぽを向いたままそう言った。
「……ふふ。少しは素直に褒めたら?」
セナが呆れたように笑い、ファナは少しだけ目を細めた。
「ありがとう、リクト。……わたし、間違ってなかったんだね」
頭上には星空が広がっていた。
その光の下で、小さな冒険者たちの歩みは、少しだけ強く、少しだけ確かに、前へと進んでいた。




