第二十二章:足跡の先に
朝靄が森を包み、湿った空気が肌にまとわりつく。
ファナは、廃村の近くに設けられた小さな野営地で荷物を整えながら、遠くの地面に残された魔物の足跡を見つめていた。
黒い尻尾が静かに揺れ、猫耳がぴくりと反応する。
「こっち、最近通った跡……。足の爪が深い。大型……たぶん、単独行動型の魔物」
「おっ、推理してるな。さすが語り部さん」
軽快な声が背後から聞こえる。
振り向けば、明るい赤のマントを翻しながらメル・エルドリアが片手をひらひらと振っていた。
「再会を祝して、まずは一言。今日も魅惑的だ、ファナ嬢」
「……また、それですか?」
ファナは若干眉をひそめ、困ったように答える。
その後ろで、リクトが「チッ」と舌打ちをし、セナが「メルくん、もう少し節度を持って」と穏やかに牽制する。
ラゼル・クラウザとバルク・ネイドも少し後ろに立っていた。ラゼルは静かに全体を見渡し、バルクは無言でファナの様子を観察している。
今回の任務は、ギルドが設定した合同調査。
街から離れた廃村周辺で、出没した魔物の痕跡を調べ、必要なら撃退するという内容だった。
参加するのは、ファナたちと――ライバルパーティー「暁鋼の牙」。
「お互い足を引っ張らないように。それでいいな?」
ラゼルの冷静な言葉に、リクトがやや睨むように答える。
「ああ、そっちこそな」
ファナは、その間に立ちながらも、視線を少し横に向けた。
木陰に佇むバルクが、静かに何かを感じ取っているようだった。
「……何か見つけたの?」
彼は驚いたようにほんの少しだけ視線を向け、そして短く答える。
「獣の……匂いが濃い。昨日より近づいてる」
「わたしも、そんな気がした。風が……変わったから」
バルクは黙って頷いた。言葉は少ないが、わずかに共鳴する感覚が、ファナの胸に残った。
午後、調査は本格化した。
森の奥に残された倒木や、引き裂かれた獣の痕。明らかに人為的ではない。
「これは……“ガルアク”か。この辺りの魔物の中じゃ、厄介な方だな」
セナが古文書をめくりながら説明する。
体長は二メートルを超え、皮膚は刃を弾くほど硬い突撃型の魔獣。
しかも単独で縄張りを移動する習性があり、今回はちょうど廃村を通過点にしている可能性が高かった。
「姿を見せるのも時間の問題だな」
ラゼルが呟く。
その言葉の通り、夕刻――空が朱に染まり始めたころ、茂みの向こうから獣の唸りが響いた。
「来るぞ――ッ!」
最初に動いたのはラゼル。長剣を抜き、仲間に指示を飛ばす。その指示に従い、暁鋼の牙は即座に隊形を取る。
「俺たちも! セナ、援護頼む!」
「了解。リクト、少し前に出て、ファナは中央から動きを見て」
セナの魔力が揺らぎ、光の弾が空を裂いた。
同時に、突撃してくるガルアクにリクトが斬りかかる。
刃は跳ね返されたが、次の瞬間、ファナがその脇をすり抜け、足元へ低い姿勢で回り込む。
「今ッ!」
ファナの短剣が脚の関節を切り裂いた。
ガルアクがバランスを崩したその瞬間、ラゼルが真上から斬りかかる。
リクトとバルクが左右から支援し、メルとセナの魔法が着弾。轟音とともに、ガルアクが崩れ落ちた。
静寂が訪れる。魔物の死骸を見つめながら、ラゼルが静かに呟いた。
「思ってたより……やるじゃないか」
その言葉に、リクトが顔を上げる。
「ん? 今、なんて?」
「別に。……ただ、実力は見えた。次に会うときは、敵かもしれないな」
「……ッ!」
ファナは息を呑んだ。
どこか淡々とした口調で言ったラゼルの一言は、冗談にも本気にも聞こえた。
だが、彼の灰色の瞳は確かに“覚悟”を秘めていた。
夜。星が瞬く空の下、ファナたちは焚き火のそばで静かに座っていた。
「……敵ってさ。そんな、すぐになるもんなのか?」
リクトがぽつりと呟く。ファナは、炎を見つめながら答えた。
「分かんない。でも、そう言えるくらい……私たちが“冒険者”として見られた、ってことなのかも」
「うん。ラゼルくんの言葉は、たぶん認めたってことだよ」
セナの穏やかな声に、ファナはそっと頷いた。
静かな夜風が木々を揺らし、焚き火の音だけが耳に心地よく響く。
「わたし……もっと強くなりたい。強くなって、ちゃんと選べるように。誰と、どう向き合うかって」
「……お前らしいな」
リクトが小さく笑い、セナは優しく肩を寄せた。
三人は、まだ未熟で、小さな冒険者にすぎない。
けれど、その足跡は確かに、未来へ続いている。
――星空の下、誰にも見えない場所で、静かに絆は結ばれていた。




