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銀髪の猫はなにを願う  作者: 熊猫
第二部

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第二十一章:街の裏通りで

挿絵(By みてみん)

早朝、ギルドの掲示板前には、まだ人のまばらな静けさがあった。

 

ファナ・ラムゼリアはその前に立ち、昨夜の夜間警備任務の疲れを引きずりつつも、まっすぐな瞳で新しい依頼票を見つめていた。

「これだよな。盗難事件の調査。……俺らでもできるか?」

後ろからリクトの声。

暗赤の上着を羽織り、ややつり目気味の瞳には眠気と緊張が混ざっている。隣ではセナが柔らかな笑みを浮かべて頷いた。

「観察と聞き込み中心の任務だ。ファナには向いていると思うよ。感覚、鋭いし」

「そ、そう……なのかな」

ファナは、そっと尻尾を揺らしながら首を傾げた。

獣人である自分が、人の街で「盗難事件の調査」をすることに、わずかな不安を覚えながらも、それでも“やってみたい”という気持ちが勝っていた。

 

依頼を受けた三人は、ギルドの一角で詳細な説明を受けた。

物静かな職員が淡々と資料を渡すが、その奥で聞こえてくる声が、ファナの耳に引っかかる。

「……またあの獣人の子か。盗みを追うなんて、皮肉なもんだな」

「見張っとけよ。下手に動かれちゃ困る」

背後で交わされた言葉に、ファナは耳をぴくりと動かす。

横目で見たリクトの眉間には皺が寄り、セナは視線を伏せて何も言わなかった。

「気にしなくていいよ、ファナ」

「……うん。平気」

そう答えたものの、ファナの手は少しだけ握られていた。

 

事件が起きたのは、街の北東部――市場近くの裏通り。

人気の少ない道沿いの倉庫や店が、夜な夜な盗まれているという。

盗まれたのは食料や古着、安価な工具類。高価なものには手がつけられていなかった。

「妙だな。生活に使う物ばかり狙ってる。金目の物は避けてるし、これって……」

セナがぼそりとつぶやいたその横で、リクトは周囲に目を光らせていた。

「手癖の悪い野良じゃねえ。動きに計画がある」

ファナは、通りの地面にしゃがみ込み、舗装の割れ目に残る小さな足跡を見つめた。

子どものような、小さなサイズ。そして――それは、街の東門の方角に続いていた。

 

聞き込み調査は順調とは言えなかった。

住人の中にはファナを警戒して扉を閉める者もいれば、冷たい視線を向けてくる者もいた。

 

それでもファナは、猫耳を伏せながらも、丁寧に頭を下げ、質問を重ねていった。

「……すみません、最近ここらで、子どもたちを見かけたことって……」

「ああ? なんでそんなことを?」

「盗まれた物の傾向を見て、もしかしてって……」

 

老婆のような店主がしばし睨むようにファナを見つめてから、ぽつりと口を開いた。

「……裏通りの廃屋に、火の気があった。あれは子どもの焚き火かもね。あんたたち、行くのかい?」

ファナは強く頷いた。

 

廃屋――屋根の半ばが崩れた小屋。その裏手に、微かな炭の匂いが残っていた。

「いるな。中に。……気配、三つ」

リクトが手を伸ばしかけた時、ファナはその腕をそっと止めた。

「私、先に声をかけてみる。……いい?」

彼女の瞳に、迷いはなかった。セナが頷き、リクトも渋々手を下ろす。

 

ファナは歩み出て、小屋の前で声をかけた。

「……中にいるの、知ってるよ。出てきて。あなたたちに、話がしたいの」

 

しばらくの沈黙の後、扉がきぃ、ときしんだ音を立てて開いた。

現れたのは、ぼろぼろの服を着た三人の少年。

年の近い者もいれば、まだ幼い子もいる。

「……追い返しにきたんだろ。どうせ、俺たちは悪者なんだ」

震える声。怒りと諦めが混ざった表情。その姿に、ファナは自分の過去を重ねた。

ラゼンの森が焼かれ、逃げ惑い、傷つき、必死に何かを守ろうとしていたあの日々を。

 

「わたし……あなたたちを罰しに来たんじゃない。ただ、知りたい。どうして、盗まなきゃいけなかったの?」

少年は、一瞬言葉に詰まり、そして吐き捨てるように言った。

「冬が来るんだよ。親もいない。働く場所もない。助けてもくれない。それでも生きなきゃならねぇんだ!」

 

言葉が胸を突いた。

盗みは正しくない。

それでも、その理由は痛いほど理解できた。

 

「食べ物も、服も……どうしてかって、思ってた。でも、そうなんだね」

ファナはしゃがみ込み、目線を少年たちと合わせた。

「わたしも……居場所がなかった時、助けてもらえた。だから、今、こうしてるの」

静かに、ファナは背中から小さな包みを取り出し、炊いた米のおにぎりを差し出した。

「これ、朝ご飯の残りだけど。……少し、話をしよう?」

リクトとセナも、それぞれ自分の携帯食を差し出した。少年たちは一度拒むように睨みつけたが、やがて手を伸ばし、がつがつとそれを口に運び始めた。

 

その日、三人の少年たちはギルドに連れていかれることはなかった。

代わりに、教会と連携する支援施設に預けられることになった。

セナの進言と、リクトの説得、そしてファナの真摯な態度が通じたのだ。

任務を終えた後、ファナたちは、ギルドの裏手の小さなベンチに腰を下ろしていた。夕焼けが空を赤く染めていた。

「ファナ、お前……すごかったな」

リクトが不器用に言う。ファナは首を横に振った。

「ううん、すごくなんてない。……でも、話せてよかった」

「“語り部”だったから、かもね」

セナの声に、ファナは小さく微笑んだ。

 

かつて、言葉は誰かを導きもすれば、傷つけもした。けれど今、自分の言葉が誰かの明日を変えるのなら――

そう、思える自分がいた。

 

「……次も、頑張ろうね」

ファナのその一言に、リクトは少し顔を背け、セナは軽く肩をすくめて笑った。

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