第十七章:言葉の届かぬ場所で
活気にあふれる街の広場には、露店の香ばしい匂いや、行き交う人々の笑い声が満ちていた。
依頼を終えたファナたちは、報告のついでに少しばかりの自由時間を楽しんでいた。
「この焼き菓子、美味しいよ。リクトくん、食べてみて?」
「ん……お、うまっ。ちょっと甘すぎるけどな」
「ふふ、ファナ、ありがとう。こういうの、君らしい」
セナが微笑む。そんな和やかな空気のなか、数歩離れた場所から、聞こえてくる男たちの笑い声が場の空気を一変させた。
「おいおい、見たか? あの獣人の子、耳ぴくぴくしてんぞ」
「まさか、あんな見た目で人間様の冒険者名乗るつもりかよ」
ファナの動きが止まった。声の方へ視線を向けると、装備を整えた三人の中堅冒険者たちが、酒瓶を手にこちらを見て笑っていた。
「……なんだと?」
先に反応したのはリクトだった。ぐっと拳を握りしめ、ファナの前に出る。
「今の、聞き捨てならねぇぞ」
「おお、なんだちびっこ、彼氏のつもりか? ははっ」
「おい、やめろよ」
一歩踏み出しかけたリクトの肩に、セナがそっと手を置いた。
そして、もう一人──ファナが静かに前に出る。
「私、聞こえてます」
その声は落ち着いていて、しかし芯があった。
からかいの対象となったにもかかわらず、怒りの色を見せなかったその声に、男たちが一瞬動きを止めた。
「見た目で判断するのは、簡単です。
でも、私たちがどれだけ訓練をして、命を懸けて戦ってるかも知らないのに、笑うのは……少し、寂しいですね」
「……あ?」
「獣人だから、って。そう思われるのは、慣れてます。けど私は、私なりにできることをやってます。
語って、歩いて、戦って……仲間と一緒に」
ファナの言葉に、男たちの表情が少しだけ曇った。
「……チッ、口が達者なだけじゃ、死ぬのは早いぞ」
そのまま、男たちは言葉を残して立ち去っていった。
静けさが戻ったその場で、リクトが唇をかんだ。
「……俺、黙って見てることしかできなかった」
「怒ってくれて、ありがとう。嬉しかったよ」
ファナの言葉に、リクトは顔を背けたまま「べ、別に」と呟く。
「……でも、すごいな。ファナ」
セナが、少しだけ真面目な顔で言った。
「怒りで返さず、言葉で返す。それって、とても勇気がいることだよ。僕には……真似できない」
「私は、昔はただ怖がって、逃げてばかりだった。だから……今は、ちゃんと伝えたいって思うの」
その笑顔に、二人は何も言えなくなった。
夕暮れが街を茜に染めていく。小さな騒動のあとに残ったのは、ほんのわずかな痛みと、確かな絆だった。
──語ることは、過去を癒すだけじゃない。歩き続ける力にもなるのだと、ファナはこの街でまた一つ、学んだのだった。




