第十一章:市のざわめき、追う背中
活気に満ちた市場の通りは、朝日を浴びて色鮮やかにきらめいていた。
果物や布、武具や香辛料──ありとあらゆるものが並び、人々の声と足音がごちゃまぜに響く。
「すごい人……」
ファナが小さく呟く。尻尾が警戒するように揺れていた。
「はぐれるなよ、迷子になったら探すの大変だぞ」
リクトが肩をぐっと張って歩く横で、セナは涼しい顔で露店を眺めていた。
「こういう時に財布を落とす人、多いんだよね……」
その時だった。
「──財布が、ない……!」
男の悲鳴のような声が、群衆の中から上がった。
反射的に、ファナの耳がぴくりと動く。
「……あっち!」
次の瞬間、ファナは人波の間をすり抜けて駆け出していた。
その背に、リクトとセナがすぐに続く。
「待てファナ、どこに──」
「犯人、あの赤い外套!」
セナが人混みを見下ろすように叫んだ。
視線の先には、身軽な少年のような男が市場の奥の路地へ駆け込んでいく。
「行くぞ、セナ!」
「了解」
三人は、自然とそれぞれの役割に散っていく。
ファナは屋根沿いを軽快に飛び、視線を切らさぬように追跡。
獣人ならではの跳躍力と聴覚で、犯人の位置を正確に捉える。
リクトは正面突破で路地を突き進み、通行人に道を譲るよう叫びながら走る。
セナは通りの構造を分析し、先回りできる交差路へと静かに移動した。
「──ここだ!」
狭い裏通りで、ついに犯人が袋小路に追い込まれた。
「チッ……!」
男が踵を返そうとした時、背後からリクトが現れる。
「逃げ場ねぇぞ!」
「……その袋、返してくれない?」
ファナの声に、男が振り返る。短剣を抜こうとしたその動きを、ファナが低く構えてけん制する。
だが──それ以上の争いにはならなかった。
セナが一歩前に出て、冷静に告げる。
「ギルドに通報済みだ。無駄な抵抗はやめたほうがいい」
観念した男は、黙って財布を差し出した。
やがて駆けつけたギルド職員たちが身柄を確保し、通行人の証言で事情はすぐに明らかになった。
「ありがとう、あんたたち……!」
被害者の男が深々と頭を下げる。それに対し、ファナは少し照れくさそうに笑った。
「いえ……間に合って、よかったです」
しかし、その後ろから聞こえた別の声が、場の空気を少し曇らせた。
「……勝手な行動は控えてもらいたいね。仮登録者が調子に乗るのは問題だ」
ギルド職員のひとりが冷たく言う。
ファナは一瞬、肩を縮こませた。
だが、その直後──
「それは違うわ。状況を正しく見なきゃいけないのは、職員の側もよ」
穏やかな口調で間に割って入ったのは、リリアナだった。
「彼らは、無闇に動いたんじゃない。目の前の人を助けようとしただけ。仮登録だって、立派な冒険者の卵よ」
職員は口を閉じたまま去っていき、リリアナは小さくファナたちに微笑んだ。
「……ありがとう。いい判断だったわ」
ギルドに戻る道すがら、ファナは空を見上げた。
「……怖くなかったわけじゃない。でも……助けたかった」
「おう、ちゃんと走れたしな! 俺なんて三回も転んだけど!」
「地面が避けてくれないことを恨むしかないね、リクトくん」
「はっ、うるせぇ!」
三人の笑い声が、静かな夕暮れの街に溶けていく。
──冒険者として、少しだけ前に進めた一日だった。




