第八章:想定外の邂逅
朝霧がうっすらと森を覆っていた。
仮登録者たちが集まるギルド前の広場では、今日の依頼が口頭で説明されていた。
「この偵察依頼は、先日魔物の痕跡が見つかった区域の再確認だ。だが、すでに上級冒険者が対応済みで、危険はないとされている。君たちは“状況の確認”と“報告”を行うだけだ。無理は絶対にするな」
訓練担当の職員が繰り返し注意を促す。
ファナ、リクト、セナの三人は、前回と同じチームとして任地に向かうことになった。
「結局、危険がないっていうんなら、散歩みたいなもんだな」
リクトがやや気を抜いた様子で言った。
「それでも油断は禁物だよ。魔物は“生きてるもの”だから、予測通りに動くとは限らない」
セナが軽く笑いながら忠告する。ファナは黙ってうなずきながら、森に漂う空気を感じ取っていた。
──何かがおかしい。
湿った土と草の香りの中に、鉄と血の匂いが混じっていた。
探索開始から三十分ほど経ったころだった。
「おい、なんかいるぞ……!」
リクトが声を低くした。茂みの向こうに、動く影があった。
ファナの耳がピクリと動き、すぐに低く身を沈める。
「……魔物。傷を負ってる、たぶん……戦ったばかり」
彼女の嗅覚がそれを告げていた。臭いはまだ新しい。血の匂いに、焦りや怒りが混じっていた。
「この痕跡……上級冒険者が追ってた個体だ」
セナが足跡を見て即座に判断する。
「じゃあ、これって……任地から逃げてきたんじゃ……?」
リクトがごくりと唾を飲んだ。
ファナたちの任務はあくまで偵察。戦闘は推奨されていない。だが、魔物はこちらに気づいた。
「来るよ!」
ファナが叫ぶと同時に、魔物が飛び出してきた。体は大きいが動きは鈍い。深手を負っているのは間違いなかった。
「セナ、援護お願い!」
「了解、足止め魔法いくよ!」
土の根が地面からせり上がり、魔物の脚を絡め取る。
リクトが横から回り込んで木の棒で牽制し、ファナが短剣を構える。
「……!」
恐怖はある。だが、彼女はもう立ちすくまない。訓練で積み重ねた動きを信じて、一歩を踏み出した。
短剣が魔物の肩をかすめた。深くはない。だが、確かに手応えがあった。
「もう少し……!」
リクトとセナが連携して魔物を牽制し、ファナが再び切り込む。
その時、魔物が呻くような声を上げ、よろめいた。
「今だ!」
三人の動きが重なった瞬間、魔物は崩れ落ちた。
その後、ギルドの応援班が到着し、魔物の処理が行われた。
「君たちは……よく無事だったな」
訓練担当の職員が驚きの表情で言う。彼らの判断で依頼を割り振ったエリアだったため、責任を感じているようだった。
「元はと言えば、仕留め損ねた冒険者がいたってことだしな」
リクトが少し怒ったように呟く。だがファナは、ただ静かに空を見上げていた。
「……わたし、戦えた」
セナがそっと肩を叩いた。
「うん、見てたよ。すごかった」
ファナはふっと微笑んだ。ほんの小さな一歩。
でも、それは確かに彼女の力で踏み出したものだった。




