第四章:疑念と偏見
実地訓練の成果が掲示板に張り出され、仮登録者たちが自分たちの評価に一喜一憂していた昼下がり。
ファナたち三人の名前も、良好な評価として記されていた。
「やったな、ファナ。俺たち、ちゃんと“合格”だ」
「うん、リクトくんのおかげだよ」
「いや、セナの魔法が決め手だったろ」
三人で笑い合っていると、背後から無骨な声が割り込んだ。
「へぇ……上出来じゃないか。子どものごっこ遊びにしちゃな」
振り返ると、そこにはギルド職員の一人、ヴァイルが立っていた。年配で無精ひげの男。
鋭い目つきは常に誰かを試すように動き、特に獣人に対して冷たい視線を向けることで知られていた。
「ファナ・ラムゼリア、だったか? お前だけ評価が高すぎる気がしてな。……ひょっとして、耳と尻尾で得してるんじゃないのか?」
「……っ」
ファナの手がわずかに震えた。言い返す言葉が見つからない。だが、すぐにリクトが前に出た。
「なんだと!? ファナは誰より真面目に訓練してた! あんた、ちゃんと見てたのかよ!」
「見てたさ。だがな、過去にもいたんだよ。似たようなヤツが。耳が良くて動きが速い、それだけで“優秀扱い”されて、結局役に立たなかった」
セナが一歩前に出る。口調は穏やかなままだが、瞳には冷ややかな光が宿っていた。
「それは、その獣人の子が未熟だっただけでしょう? 今ここにいるファナは、あなたが言う“過去の誰か”ではない」
「口の利き方には気をつけろよ、小僧。ここはお遊びの場じゃない」
「あなたこそ。あなたの個人的な経験と偏見で、今の訓練を否定するのは職員の責務から外れていると思いますが」
ヴァイルの顔がわずかに強張ったが、そのとき、別の足音が近づいた。
「何の騒ぎですか、ヴァイルさん?」
やってきたのはギルドの中堅職員、リリアナだった。
理知的な雰囲気の女性で、教育担当の責任者のひとりでもある。
「……いや、少し確認をしていただけです」
「その“確認”が個人の属性に対する差別でなければいいのですが」
彼女はヴァイルをきつく睨みつけた。
「ファナさんは正当な評価を受けています。貴方の記録と他職員の評価、そして訓練の映像記録にも矛盾はありません。これ以上は職務違反とみなします」
「……へっ、勝手にしろ」
そう吐き捨てるように言い、ヴァイルはその場を去っていった。
リクトは今にも追いかけそうな勢いだったが、ファナがそっと袖を引いた。
「ありがとう、リクトくん。もう、大丈夫」
「でも……!」
「私は、ちゃんと見てくれる人がいるって、わかったから」
ファナの微笑みに、リクトは不満げながらも口をつぐんだ。
セナが少しだけ笑って言う。
「まっすぐ立っていたね、ファナ。……僕たちも見てるから」
ファナは頷いた。偏見は、どこにでもある。それでも、自分を信じてくれる仲間がいる限り、前を向ける。
その後、リリアナが静かに近づいてきた。
「ファナさん、先ほどは不快な思いをさせてしまって申し訳ありません。ギルド職員として、そして教育担当として、心よりお詫び申し上げます」
「……リリアナさん、そんな……私、大丈夫です」
「あなたが“大丈夫”だと微笑んでくれても、それで済ませるわけにはいきません。ギルドは、すべての冒険者を平等に扱う場所であるべきです。今後は、その理念に恥じぬよう努めます」
リリアナは深く頭を下げた。その姿に、ファナは驚きつつも、胸の奥が温かくなるのを感じた。
「……ありがとうございます」
──この日、少女は一つ強くなった。




