第三章:初めての実地訓練
翌朝、ギルドの訓練場には朝露を踏みしめる音が響いていた。
広場の中央には木製の人形や、倒木を並べた障害物が設置されており、見習い冒険者たちが緊張の面持ちで集まっていた。
「今日からは実地訓練に入る。基礎動作、武器の扱い、状況判断、そして協調性。すべて評価対象になる。油断するなよ」
ギルド職員が声を張ると、仮登録者たちが一斉に背筋を伸ばした。
「ファナ、こっちこっち!」
リクトが手を振っていた。彼はもう木剣を手にしていて、準備万端といった様子だった。
「おはよう、リクトくん。早いね」
「まあな。こういうのは得意なんだよ。お前もちゃんと準備しとけよな。……その、怪我とかしたら困るし」
「うん。気をつける」
ファナは小さく笑ってうなずき、自分の短剣を確認した。
昨日の講義のあと、カイルに刃の手入れを教えてもらいながら、武器を預かったのだ。
訓練は午前と午後に分かれていた。
午前は基本動作――走る、止まる、姿勢を低くして隠れる。
戦闘というよりも、“動くこと”に集中した内容だった。
リクトは軽やかに障害物を飛び越え、時には転びかけながらもバランスを取り戻す。
ファナは最初は動きがぎこちなかったが、耳や尻尾を生かした重心の取り方で、徐々にコツを掴んでいった。
「へえ。思ったより動けるじゃん」
「ありがと。でも、もっと早く動けるようになりたいな」
昼の休憩時間、ファナは木陰に座り、汗をぬぐっていた。
「おにーさんたちは見に来てないのか?」
「カイルおにーさんも、レリアおねーさんも、今日は別の仕事って……でも、見てなくても、がんばるよ」
「ふん、まあそれくらいじゃねえとな」
リクトは、なぜか満足げにうなずいた。
午後の訓練は模擬依頼だった。
訓練場の隣に作られた簡易フィールドには、草地、小さな丘、崩れた木製の柵などが設置され、環境を想定した実践訓練が行われる。
今回は三人一組でパーティーを組み、依頼を達成する形式となっていた。
「ファナ、リクト、こちらに」
職員に呼ばれ、ふたりが向かうと、そこには既に一人の青年が待っていた。
肩にかかる淡い銀茶の髪、翡翠色の瞳を持つ中性的な美貌の持ち主で、穏やかな雰囲気を漂わせている。
「はじめまして。セナって言う。魔法が得意だ」
「ファナです。よろしくね、セナさん」
「リクトだ。……ま、よろしくな」
セナは軽く微笑み、肩にかけた杖を調整した。
「俺は後ろから援護する。ふたりは前を頼む」
内容は「荷物を目的地まで運ぶ」こと。
だが途中には障害や、想定敵(職員が演じる)による妨害もある。
「ほら、俺が前行くから、お前は後ろからカバーしろ」
「わかった。リクトくん、足元に気をつけてね」
リクトが荷物を抱え、ファナは周囲を警戒する役目を引き受けた。
演技とはいえ、職員の動きは本格的だった。茂みから飛び出してきた“敵”にリクトが一瞬ひるむ。
「くっ……!」
「下がって!」
ファナは短剣を構えた。言葉は出なかった。でも、背筋はまっすぐだった。カイルの教えを思い出す。「恐れるな、自分の足で立て」。
「ファナ、右から来る。気をつけて」
セナの魔力が放たれ、土塊が敵役の足元を崩す。ファナがその隙に斬り込む。
職員が剣先を引いた。
「反応はいい。だが次は“声”を使え。仲間がいるときは、黙っていては伝わらない」
「……はい!」
ファナは息を吐いた。リクトが後ろから荷物を支えながら言う。
「……まあ、悪くなかったな」
「ありがと、リクトくん」
フィールドの出口にたどり着いたとき、職員が記録板に印をつけた。
「三人とも、合格だ」
その職員はファナの方に目を向けて、少しだけ首を傾げた。
「それにしても……動きの良かったお前が荷物を持たず、リクトが担いでいたのはなぜだ?」
ファナは一瞬答えに詰まりかけたが、すぐに小さく笑って言った。
「私が前で周囲を見て、リクトくんが力仕事って、決めたんです。ちゃんと、分担しました」
リクトも顔をそむけながら、ぼそっと言う。
「別にいいだろ。俺がやるって言ったんだよ」
職員は目を細めてしばし無言だったが、やがて記録板を閉じて頷いた。
「……なら、いい。内容と連携は十分だった」
初めての訓練は、汗と小さな成功と共に、幕を閉じた。
夕焼けに染まる空の下、ファナは小さくつぶやいた。
「きっと、私にもできる。ひとつずつなら、きっと……」




