第二章:冒険者の心得
ギルドの奥にある講堂のような広間には、簡素な木製の机と椅子が並んでいた。
仮登録を終えた見習いたちが、次々と席につき始める。
人数は二十名弱。年齢も見た目もさまざまだ。
「仮登録者オリエンテーション、これより開始する」
前方に立つのはギルド職員の中年男性。背は高く、鋭い目をした口数の少ないタイプだが、他の職員たちからは信頼されているらしい。
ファナは空いている席を見回してから、真ん中あたりの窓際の席に腰を下ろした。
視線が集まるのは苦手だけど、話す人の顔がよく見えるこの位置なら、きっと集中できる。
ほどなくして、隣の席に誰かがどさりと腰を下ろした。見なくても、声を聞けばわかる。
「……べ、別にお前の隣が良かったわけじゃないからな。
前の列は窓の反射がまぶしいし、後ろの方は眠くなるし……仕方なく、だからな」
「うん。ありがと、リクトくん」
ファナは微笑む。リクトは顔をそむけたが、耳の先が赤い。
間を置いて、リクトがわざとらしく咳払いした。
「……お、俺の名前はリクト。十六歳。お前より一つ年上、な。こういうのって、先に言っといたほうがあとあと誤解されないだろ? だから別に深い意味はないからな」
ファナは少し驚いたように目を丸くしたが、すぐに柔らかく笑った。
「ありがとう、リクトくん。よろしくね」
リクトはなにか言いかけたが、顔を赤くしたままうつむいて黙り込んだ。
講義が始まると、前方の職員が淡々と語り始めた。
「冒険者に必要なのは、腕力や魔法だけではない。依頼の理解力、法律や契約への理解、地域との信頼関係。今日はその“基礎”を頭に叩き込んでもらう」
講義は意外なほど本格的だった。依頼書の読み解き方、地図の見方、通行許可証の制度、王国の法律の基本。
初日からかなりの情報量に、ファナは必死にメモを取り続けた。
その隣で、リクトも意外と真面目に筆を走らせていた。
「……お前、けっこう字きれいなんだな」
「ほんと? よかった……でも、まだうまく書けない字もあるから、練習しないと」
「お、おう……べ、別に褒めたわけじゃないけどな」
少しずつ、隣の距離が近づいていく。
講義の最後、講師が言った。
「この街には、冒険者にとって“超えてはならない境界”というのがある。力だけでそれを踏み越える者は、決して長くは続かん」
その言葉が、どこかファナの胸に引っかかった。
“境界”とは、なんだろう。
外の世界には、知らないことがまだたくさんある。
そのすべてを、これから自分の足で確かめていく。
その気持ちが、ファナの胸にじんわりと広がっていた。
そのとき、職員のひとりが前に出て、資料をまとめながら口を開いた。
「さて、座学はここまでにしておこう。明日からは実地講習に入る」
ざわめきが広がる。
「武器の扱い、地形の把握、依頼の模擬体験……すべて、冒険者として必要な実践力を鍛える訓練だ。覚悟して臨むように」
リクトが小声でつぶやく。
「へっ、やっとか。こういうのなら得意なんだけどな」
「……がんばろうね、リクトくん」
「べ、別にお前のためにがんばるわけじゃ……」
小さくうなだれるように口をつぐむリクト。その横で、ファナは小さく笑った。
座学が終わり、受講者たちが引き上げていくなか、ファナはひとり講堂の隅に残っていた。
使い慣れない筆記用具を手に取り、今日のメモを見返す。
「……知らないこと、まだこんなにあるんだね。でも、ちゃんと覚えたい。語るためにも、歩くためにも……」
窓の外、夕暮れの光が差し込む。
遠くで聞こえる鐘の音が、次の一歩を知らせるように響いていた。




