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銀髪の猫はなにを願う  作者: 熊猫
第二部

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第二部:プロローグ

挿絵(By みてみん)

──“語る”だけじゃ届かない場所へ。少女は今、歩き出す。


最初のころ、ファナは「語り部」というものがなんなのか、まったく知らなかった。

ラゼンの森に生まれ、仲間たちと語り合い、物語を聞いて育った日々の中で、それがどれほど特別で、時には危うい力であるかなど、考えたこともなかった。


けれど、帝国はその力を知っていた。

ガルミア帝国――人の心と言葉を支配することに飢えた者たちが、語りの技を狙って森へ踏み込んできた。

燃える木々、逃げ惑う仲間たち、そして何より――自分の声が消えていく恐怖。

ファナはすべてを失った。森も、家族も、自分自身も。


そんな彼女を拾ってくれたのが、レリアだった。

旅の医師である彼女は、何も語れないファナに優しく微笑み、ただそばに居続けてくれた。

その後出会ったのが、カイル。ぶっきらぼうで粗野だけど、必要な時には黙って剣を振るい、誰かのために動ける人だった。


二人との旅のなかで、ファナは少しずつ声を取り戻していった。

言葉が蘇り、感情が戻り、


そして――忘れていた記憶の底にある「語り部」としての力に、目覚めていった。


語りの力は不思議だった。

過去を呼び覚まし、心に触れ、誰かの“本当”を浮かび上がらせる力。

けれどその力は、時に人を縛り、歪め、狂わせることさえあった。


帝国の魔導師セリスはその力を支配の道具にしようとし、

かつて森の英雄と呼ばれた仲間・レオンは、その理想と現実の狭間でファナと再び剣を交えることになった。


最後にファナは、「語り部としての力」を失った。

誰かの心に干渉するような力はもうない。

それでも彼女は、語ることをやめなかった。

語ることが好きだった。誰かと心を交わすのが、怖くなくなっていた。


そして――それから、五ヶ月が経った。


今、ファナは小さな街の片隅で暮らしている。

朝は畑の手伝い、昼は街の子供たちに物語を聞かせ、夕方にはカイルとの鍛錬。

穏やかで優しい日々。でも、それだけでは満たされない何かが、心の奥で芽を出していた。


もっと知りたい。もっとできるようになりたい。語るだけじゃ届かないものにも、手を伸ばしたい。


その想いを胸に、ファナは今日、一歩を踏み出す。


小さな冒険者ギルドの門をくぐると、少し埃っぽい空気と、がやがやとした声がファナを包み込んだ。

掲示板に並ぶ依頼書。受付に立つギルド職員。練習用の木剣を手に、向かい合う冒険者たち。

見慣れない場所に、耳と尻尾がそわそわと揺れる。


ギルドの中は思っていたよりも活気があった。

冒険者たちの談笑、木剣がぶつかり合う音、依頼を受ける人々のざわめき――そんな空気のなか、ファナは深呼吸をひとつして、受付の前に立った。


「……ここが、冒険者ギルド……」

その隣には、無骨な鎧の肩を揺らして歩くカイル。

そして、落ち着いた旅装をまとったレリアが微笑んでいた。

「緊張してるの? ファナちゃん」

「す、少しだけ……でも、ちゃんと話すって決めたから……!」


ファナはぎゅっと拳を握り、受付へと向かう。

優しそうな女性が笑顔で迎えてくれた。

「いらっしゃい。今日はどうされました?」

「えっと……わたし、冒険者になりたくて……その、仮登録をお願いしますっ」

受付に座っていた女性は、ファナの声に小さく瞬きをすると、すぐににこやかな笑みを浮かべた。

「ようこそ。仮登録ですね? はい、大丈夫ですよ」

ファナが安堵するより早く、女性は慣れた手つきで台帳を開きながら、柔らかな口調で続けた。


「仮登録というのは、正式な冒険者になる前の“見習い”段階です。

主に、後見人や保護者からの推薦がある未成年の方や、戦災や孤児となった方などが対象となります。

ファナさんの場合、後見人の署名はありますか?」

「はい、わたし……あの、レリアおねーさんが……」

後ろにいたレリアが静かに一歩前に出て、笑顔で答える。

「私が保護者代理として署名します。ファナは真剣に、ここで学ぶことを選びましたから」

「確認いたしました。ありがとうございます」

女性はうなずき、次にファナの目を見ながら、少し真面目な調子で説明を続ける。


「仮登録者にはいくつかの規定があります。まず、単独での依頼行動は禁止です。あくまで訓練生として、他の仮登録者や指導役とともに行動していただきます」

ファナはこくんとうなずいた。カイルが背後で黙って腕を組んで見ているのが、妙に頼もしく感じた。

「次に、仮登録者は危険度の低い簡易依頼への参加が認められます。荷物の運搬、草刈り、薬草採取の同行などですね。これらの依頼で経験を積んでもらいます」

「……なるほど。あの、戦ったりは……?」

「原則ありません。どうしてもという場合は、訓練施設や指導員の付き添いが必要です」

「……わかりましたっ」

「そして最後に――仮登録者は、数ヶ月間の訓練・行動記録を経て、正式な昇格試験を受ける資格が与えられます。試験に合格すれば、ようやく正式なFランク冒険者としてギルドに登録される形です」


ファナの表情がきゅっと引き締まった。

「それまでの期間は、訓練と協調性、そして意志が試されます。ファナさん、覚悟はできていますか?」

ファナはひと呼吸おき、まっすぐ受付の女性を見て――。

「はい。ぜったいに、がんばります!」

ふわっと尻尾が跳ねる。

小さな声だったけど、はっきりとした言葉だった。


背後でレリアが微笑み、カイルは黙って腕を組んだまま、じっと彼女を見ていた。

「……カイルおにーさん。ありがとう、ついてきてくれて」

「……勝手に来ただけだ。おまえの決意が本物か、確かめに来たんだよ」

ファナはにっこり笑って、誇らしげに胸を張った。


こうして、語り部だった少女は――冒険者としての道を歩み始める。

それはきっと、語ることとは違う戦い。

けれど、それでも彼女は進む。

語ることを愛した少女が、“生きる力”を掴みに行くために。

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