エピローグ:──語り部の歩む道
語りの聖域が封印の呪縛から解き放たれてから、ひと月が過ぎた。
かつてあの地を覆っていた沈黙は、今では鳥の声と子どもたちの笑い声に満ちている。
破壊された石碑の一部は修復され、村人や旅人が自分の物語を記していく“語りの広場”として生まれ変わっていた。
ファナはその広場の隅に、小さな机と椅子を置いていた。
日が昇ると、子どもたちが自然と集まり、彼女の話を聞きにくる。時には絵本を読み、時には自身の旅で出会った出来事を語る。
力はもうない。
だが、語るたびに誰かが笑い、考え、涙を浮かべてくれる。
それが何より嬉しかった。
「おねーさん、なんで語り部になったの?」
ある日、ひとりの少年が尋ねた。
ファナはしばらく考えてから、ゆっくりと答えた。
「……昔ね、わたし、何も語れなくなったことがあったの。でも、そのとき誰かが、わたしの代わりに語ってくれたの。わたしの物語を。……それが、すごく、あたたかかった」
「だから、次はわたしが語りたいって思ったの。今、こうしてるのは……その“おかえし”なのかも」
少年は何となくわかったような顔でうなずいて、じゃあ僕も誰かに話してみる、と言って駆けていった。
ファナは彼の背中を見送りながら、ふっと微笑んだ。
夕暮れ。
村の外れで、カイルとファナは並んで立っていた。
「……少しは上達したか?」
「えへへ、たぶん。投げるのはまだ苦手だけど、構えはもう安定してきたってレリアおねーさんが」
ファナは短剣を両手で握り、小さく構えを見せてみせた。
カイルはふっと笑い、いつものように手を出す。
「もう一度。構え直せ。足、半歩前」
「はいっ」
カイルにとって、それは戦いを教えることではなく、ファナと共に今を生きるための時間だった。
レオンは遠くの丘の上から、三人の姿を見つめていた。
「語りは、きっと誰にも消せない。……それがわかっただけでも、俺はここにいた意味があった」
彼は静かに、風に吹かれて姿を消した。
また、どこかで物語に出会うために。
その夜、ファナは日記帳に短く書いた。
『今日も語れた。
誰かが聞いてくれた。
だから明日も、わたしは語ろうと思う。』
星明りの下、その言葉は光を宿したまま、そっとページに刻まれた。
物語は、これからも続いていく。
語る者と、聞く者がいる限り。
第一部、ここまでお読みいただきありがとうございました。
エピローグとあわせて、ひとつの区切りになります。
なお、活動報告にてイメージイラストを一枚だけ掲載しています。
ご興味のある方は、そちらもどうぞ。




