表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀髪の猫はなにを願う  作者: 熊猫
第一部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

61/95

第五十六章:──火は絶えず、声は巡る

挿絵(By みてみん)

封じられた語りの聖域は、静寂そのものだった。

音も、風の囁きも、足音さえも。何もかもが押し潰されたように消えていた。


ファナは膝を抱えて、崩れた石壁にもたれかかっていた。口を開こうとしても、声は出ない。語り部としての力を失い、今また、言葉すら封じられている。


彼女の横で、レリアがそっとその手を握っていた。

「……ねえ、カイル」

火の気配も届かぬ沈黙の中、かすかに伝わる手話のような動きで、レリアが問いかけた。

「ファナの言葉、今は届かなくても……それでも、伝え続けてきた“何か”が、まだここに残ってると思わない?」

カイルは少しうなずき、剣の鞘にそっと触れた。

「……ああ。俺はそう思う」

 

そのときだった。

「あのね……」

低く、震えた声が沈黙を割った。

聖域の隅に立っていた、かつてファナに物語を語ってもらった少年が、震える足取りで前に出た。

「昔、銀の髪の猫のおねーさんがね、旅の話をしてくれたんだ……あのとき、怖くて泣いてたけど、その話を聞いたら、少しだけ、強くなれた気がした」

彼の声は細く、けれど確かに響いていた。

「だから、おれ、覚えてる話を……今、話すね」

そして、少年は震える声でファナの物語の一節を語り始めた。

 

やがて、その声に呼応するように、他の村人たちも口を開いた。

「私は、昔ファナちゃんが語ってくれた“光の種”の話が忘れられないんだ」

「私も、旅商人だった夫がファナちゃんの語りを聞いて変わったって……自分から“もう一度、故郷へ帰ろう”って……」

誰かが語り出せば、また誰かがそれを継ぎ、思い出し、重ねていく。

静寂のはずだった聖域に、やがて無数の“記憶の語り”が満ちていった。

 

レリアは静かに立ち上がり、短く一礼して口を開いた。

「……私の村が焼かれた夜、あの子は語ってくれた。“痛みは消えない。でも、それでも進めるように”って。私は今でも、その言葉で生きてる」

そしてカイルが、焚き火のように穏やかな声で語った。

「こいつの語りは、優しすぎて……でも、それがいい。争いも止めちまう、ちょっとお節介で……けど、信じたくなる」

 

ファナは、震えながら、声のないまま涙を流していた。

誰かが語ってくれる。

自分が語れなくても、自分の言葉が誰かの中で生きて、巡っている。

 

──語ることができなくても。

──わたしの語りは、生きてる。

 

ファナは、胸に手を当てて小さく頷いた。

「……今度は、わたしが聞かせて」

掠れたその声は、誰の耳にも届かないほど小さなものだった。

けれど、近くにいたレリアとカイルには、確かに届いていた。

「おかえり、ファナ」

レリアがそう呟き、カイルが小さく肩を揺らして笑った。

 

その夜、聖域の封印にうっすらとひびが入った。

 

“語り”とは、力でも技術でもない。

誰かが誰かに届けたいと願う、ただの灯火なのだ。

そして、火は受け継がれ、静かに世界を照らしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ