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銀髪の猫はなにを願う  作者: 熊猫
第一部

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53/96

第四十八章:──語りの調律、記憶の揺らぎ

挿絵(By みてみん)

それは突然だった。

 

「……それ、君の記憶じゃないかもしれないよ」

焚き火の明かりの中、アレスが静かに告げた言葉に、ファナの心が凍りついた。

町を離れたあと、三人は再び道を北へと進めていた。

だが、ある村に立ち寄った際、偶然、語り部アレスと再会した。

彼は旅の途中に立ち寄っただけだと言ったが、まるで何かを知っているような目をしていた。

「君の語り……少し変わった。技法じゃない、響きだ。まるで、違う誰かが語っているみたいだった」

ファナは答えられなかった。

 

──あの日から、夢の中に“誰か”が入り込んでくる。

──そして目覚めても、語り始めると浮かんでくる知らない情景、知らない言葉。

それが、どこかで“自分の記憶”のように感じられてしまうのだ。

 

「語りってのは、“記憶を織る作業”なんだ」

アレスは手元の木片に細かく模様を刻みながら、続けた。

「聞いたこと、見たこと、感じたこと。全部を『自分の言葉』にして綴る。でもな、そこに他人の声が混ざると、語りは『呪い』になる」

「……じゃあ、私の語りって、もう……」

「まだ間に合うさ。君は、自分の言葉で“構成する”訓練をしてないだけだ。衝動や記憶任せじゃなくて、『意志』で編み上げる方法を学べば、語りは君のものになる」

アレスは、語りの“基本構造”を示してくれた。

「語りの波は三つある。導入、核心、解放。この流れを意識しながら、自分の中の声と外からの干渉を“識別”する」

「識別……」

「そう。誰かの想いを語るには、まず“自分”の想いがどこにあるかを見極めなきゃならない」

ファナはその夜、自らの語りを小声で繰り返し練習した。

導入を決め、核心を構成し、最後に想いを解き放つ。その流れを何度も。

 

翌朝、彼女は試しに、村の広場で小さな語りを披露した。

 

──誰かを救った話ではない。

──失敗し、傷つき、それでも立ち上がろうとした“とある旅人”の物語。

それは、自分の記憶から出発した物語だった。

聞いていた人々は静かに頷き、そして拍手を送った。

(……これは、私の言葉)

 

その夜、ファナは再び夢を見た。

だが、今回は違った。

夢の中で、彼女は“誰かの目”で焼け落ちる森を見ていた。

だが、それが自分の記憶ではないと、明確に“感じられた”のだ。

 

──これは、私じゃない。けれど、近くにいた誰か。

目を覚ましたファナは、深く息を吐いた。

「……記憶は混ざる。でも、私は自分で選べる。語る言葉を」

 

レリアがその異変に気づいたのは、翌日。

「ファナ……あなた、夢を見たのね」

ファナはうなずいた。

「でも、もう怖くない。だって、私には“選ぶ力”があるって思えたから」

レリアは静かに彼女を抱きしめた。

「そう。それが“語り部”になるということよ。流されず、選ぶ。その覚悟があれば、あなたの言葉はきっと届く」

 

遠く、森の端に潜む帝国の観測兵が報告を送る。

「……対象、安定。言葉の力、制御傾向あり」

その報告にセリスは目を細める。

「ならば、そろそろ“次の段階”へ進める時ね」

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