第四十七章:──揺らぐ声、交わる記憶
街道を抜け、小さな町へと辿り着いた三人は、久しぶりに賑わいのある広場を見下ろしていた。
「……今日は市が立つのか」
カイルが視線を巡らせながら呟く。レリアは微笑んで、
「このあたりでは月の巡りごとに“語りの市”が開かれるの。旅の語り部が各地から集まるそうよ」
と言った。
ファナは広場の端、木陰の下で語っているひとりの青年に目を留めた。
風をはらんだ青いマント。年齢は20代半ば。どこか軽やかで、芯のある声を持つ。
「……あの人の話、なんだか不思議」
青年の名はアレス。
自らを“風の語り部”と名乗り、旅の中で見聞きした物語を詩のように語っていた。
その夜、町の外れの小さな宿で再会したアレスは、快くファナたちのテーブルに加わった。
「君も“語り部”か?」
アレスの問いに、ファナは少し戸惑いながら頷いた。
「うん……でも、まだちゃんとは……。私は、ただ自分の想いを語ってるだけで……」
アレスは酒杯を回しながら微笑んだ。
「それが語りの本質さ。語るってのは、記録でも宣言でもない。“誰かに伝えたい”って気持ちだ」
彼は続けてこう言った。
「ただな……最近、帝国が“語り”に目をつけてる。軍でも記録語を解析しはじめたって噂だ。君も気をつけたほうがいい。『語り部』って肩書きは、もうただの旅人のものじゃない」
ファナは小さく息を呑んだ。
(……セリス……マーキング……やっぱり)
だが、まだ語るには不安が残る。話せば、また“誰か”の声が混じってくる気がして。
翌朝。
町の広場で開かれた簡易演台にて、ファナが短い語りを依頼される。
最初は断ろうとしたが、アレスやレリアの勧めもあり、思い切って言葉を紡ぎ始めた。
「……この世界には、たくさんの“語られなかった物語”があります」
語りが進むにつれ、周囲の空気が静まり返っていく。
だが次の瞬間──
視界の端に、赤い影が過ぎった。
──焼けた森。
──倒れる父の背中。
──レオンの背。
(ちがう……これは、今じゃない……!)
ファナの言葉がひときわ強く発せられた瞬間、聞いていた数人の観客が急に苦悶の表情を浮かべ、膝をついた。
「……幻が、頭に……!」
「誰かの記憶が……俺の中に……」
会場がざわつく。レリアとカイルが即座に駆け寄る。
「ファナ、止めなさい!」
「……ご、ごめんなさい……私、私──っ」
震える指先を握りしめ、ファナは演台を飛び降りた。
(まただ……語ることで、誰かを傷つけた……)
混乱から離れ、町外れの林道へ逃げ込んだファナは、木に背を預けて膝を抱えていた。
その前に、ふと気配が立つ。
「……その語り、少し危うすぎるな」
懐かしく、切ない声。
木陰から現れたのは、かつて“ラゼンの森の英雄”と呼ばれたレオンだった。
「……レオン……」
ファナの声は震えた。怒りでも、恐怖でもない。ただ、会いたかったという感情だけが胸に浮かぶ。
「お前、変わったな……でも、変わってねぇ。語る目をしてる」
「……あなたが……あのとき、なぜ……」
レオンは答えなかった。ただ、静かに彼女に近づき、頭に手を置いた。
「……帝国はお前を支配しようとしてる。『語り』を利用するためにな。……それが、俺が今でも帝国の“敵”でいられない理由だ」
「……なら、どうしてまだそこにいるの……?」
「……俺には、まだ中から壊すしかできない場所がある。だが、今だけは……言いに来た」
レオンはファナの額にそっと手を当てた。
「“その声が、自分のものか確かめろ”。それだけだ」
次の瞬間、彼は木陰へと姿を消す。
ファナはひとり、心の中で繰り返す。
(……私の声、私の言葉……)
涙ではなく、熱い決意が胸を満たしていった。
「私が語るのは……わたし自身の意思で」
その頃、町を離れたカイルとアレスが、ファナを探して林道へ入っていた。
「……あいつ、大丈夫か」
「言葉の力は、使う者に試練を与える。それを乗り越えた者が、本当の語り部になるんだ」
アレスの言葉に、カイルは小さく頷いた。
「なら、俺はその横で剣を持って立つ。……語り部が語れるようにな」




