表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀髪の猫はなにを願う  作者: 熊猫
第一部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

46/95

第四十一章:— 君の名に宿るもの

挿絵(By みてみん)

風の匂いが変わったのは、午後の入り口だった。

木々の間に混じる土と獣の香りに、ファナはふと足を止めた。


「……このあたり、獣人の集落があったはずだって、聞いたことがある」

レリアが地図を折りたたみながら呟く。

「帝国の記録では“無人区域”とされているけど、それはつまり……残す価値がないと見なされた場所よ」

カイルが険しい顔で周囲を警戒しつつ、森の奥へ目を向けた。

「だが……残ってるかもしれねぇな。“帝国が興味を持たなかった”ってのは、逆に安全ってこった」

ファナは黙ってうなずいた。

なぜか、この森の空気が、懐かしいような、でも不安を煽るような、妙な感覚を運んでいた。


小一時間ほど進んだ先で、道が開けた。

木の幹を編んだ柵、獣の骨を彫刻のように並べた祠、そしてその奥に――木造の簡素な住居がぽつぽつと並んでいた。

「……本当に、あったんだ」

集落の中央には、古びた石柱が立っていた。

そこに刻まれていた文字は、かろうじてファナでも読める旧獣語だった。

《ラミナの記憶、守りし者の地》

「……ラミナ?」

「“月と森をつなぐ者”って意味よ。古い時代の、巫女か、預言者の名前ね」

レリアが静かに訳す。


そのとき――

「何者だ」

背後から鋭い声が響いた。

若い狼獣人の青年が、弓を構えていた。

「獣の姿をしながら、人間と連れ立っている……さては帝国の回し者か?」

ファナが一歩前に出て、耳と尾を揺らしながら答えた。

「わたしは……ファナ・ラムゼリア。ラゼンの森の出身。……いまは、この二人と旅をしてる」

「ラゼンの森……?」

青年の目が見開かれる。

「まさか……“あの災禍”の生き残りか」

その言葉に、周囲の視線がファナに集まった。

次の瞬間、遠くの見張りが叫んだ。

「外に……帝国の偵察兵! 五人! こっちを確認して――引いた!」

「……見つかったか」

カイルの顔が曇る。

青年は、しばしの沈黙の後に弓を下ろした。

「ここに匿う価値があるかどうか、判断は“長老”が下す。ついてこい」


集落の奥にあった、苔むした古い小屋。

そこには、獣人でありながらしわ深い老婆がいた。

彼女は、ファナの顔を見るなり、じっと見据えた。

「その目……その尾……やはり、あの家の血筋か」

「“あの家”……?」

「ラゼンの森の守り手――ラムゼリアの名は、古くから“語り部と記録者”の系譜を継ぐ者に与えられてきた。

帝国があの森を滅ぼしたのは、“一つの文化”を根絶するためでもあった」

「……文化を?」

「人と獣の境界を“知識と言葉”でつないできた者たちよ。

その血が残っているということは、彼らにとっては“危険な証拠”なのさ」


ファナは小さく息を呑んだ。

「だから……帝国は、わたしを――」

長老はゆっくりうなずいた。

「消したい、あるいは手元に置きたい。それだけの価値が、君の“名前”にはある」


その夜。

カイルとレリアが集落の周囲警戒に出ていた頃、ファナは一人で木の根元に座っていた。

誰にも気づかれないように。

けれど――

「……ずいぶんと、警戒が緩くなったな」

その声に、全身が強張った。

暗がりの中、レオンがひとり、枝の影から姿を現した。

帝国の黒い軽装鎧に、長弓。

けれどその顔には、あの頃のままの静けさがあった。

「……なんで……ここに……」

「見張っていた。お前がここに向かうだろうと、予測していた」

ファナは短剣に手を伸ばしかけたが、レオンはそれを制すように言った。

「今日は……戦うために来たんじゃない」

「じゃあ何のために来たの?」

「お前に、言葉を残すためだ」

ファナは立ち上がる。

震える指を握りしめながら、言った。

「じゃあ、聞かせて。なんで、裏切ったの?」

レオンは目を伏せ、ぽつりと答える。

「任務だった。……だが、それだけじゃない。

俺は“選んだ”んだ。自分の居場所を。自分が何を守るかを」

「でも、守ったのは帝国で、壊したのはラゼンの森だよ!

……わたしの家族や、仲間や、大切なもの全部!」


レオンの瞳が、わずかに揺れる。

「……それでも、お前が生きていると知って、救われた。

あのとき……森を逃げるお前を見て、手を伸ばせなかったことを、ずっと悔いていた」

「悔いてるなら、どうして何も言ってくれなかったの!」

「“お前に、俺を許させないため”だ」

それが、レオンの選んだ“罰”だったのだと、ファナは悟った。

「……次に会うときは、敵同士だ」


そう言い残し、レオンは森の闇に姿を消した。


ファナはその場に、そっと座り込んだ。

手首のブレスレットが、月の光を受けて淡く光っていた。

——まだ、許せない。

——でも、わたしはもう、目を逸らさない。

そう思ったとき、レリアとカイルの足音が近づいてきた。

「何かあったの?」

「……少しだけ、過去と話してた」

「過去?」

「うん。でも、もう逃げない。あの人が何を選んでも、わたしは……わたしの道を選ぶから」

焚き火に、火がくべられる。

その音が、何かの決意に火を灯したように、パチ、と鳴った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ