表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀髪の猫はなにを願う  作者: 熊猫
第一部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/41

第三十七章︰—市場のざわめき、そして小さな願い—

挿絵(By みてみん)

朝日が小高い丘を照らし、風に揺れる草原の先に、城壁に囲まれた町が見えてきた。

「……わぁ……あれが町?」

初めて目にする“市場のある町”に、ファナの金の瞳が大きく見開かれた。

宿場村とは比べ物にならない規模の門があり、商人の荷馬車が列をなしている。

人々の声、獣の鳴き声、どこからか漂うスパイスの香り——すべてが、彼女には未知の世界だった。

「物資の補充をするだけだ。半日もいねぇ」

そう言いながらも、カイルは門の前で一度立ち止まる。

「……この町、前にも来たことある?」

ファナが問いかけると、彼は一瞬、眉をひそめた。

「昔な。あんまり……いい思い出はねぇ」

それだけ言って、話を切るように先を歩いていった。


町に入ると、まるで別世界だった。

露店がずらりと並び、人々のやりとりが飛び交い、路上には楽師たちが笛や太鼓で賑わいを添えていた。

ファナは目を輝かせながら、レリアと手をつないで歩く。

「この薬草……ラゼンの森でも見たことある! でも、こんな風に干すのは知らなかった……!」

「市場って、いろんな人の工夫が詰まってるのよ。きっとあなたにも役立つことがあるわ」

途中、ファナはふと目に留まった小さな屋台に引き寄せられた。

そこでは、細い糸で編まれた手作りのブレスレットが並べられていた。どれも不揃いで、どこか素朴な温もりを感じる。

「これ、誰が作ったの?」

「娘さ。体が弱くてね……店には出られないけど、手だけは器用でな。一本一本、祈りを込めて編んでるんだ」

そう言ったのは、初老の男性。

ファナは、そっと一つの紺色のブレスレットを指差した。

「……この、星みたいな模様のやつ……もらってもいい?」

「もちろんさ。……よければ、願い事を込めてからつけるといい。あの子の編み物は、そういうもんなんだ」

ファナは目を伏せて、小さく呟いた。

「……“みんなが笑っていられますように”」

その願いが糸に染み込んだように感じた。


昼を過ぎ、広場で水を買いに並んでいたときだった。

「この子が、うちのパンを盗ったんです!」

叫び声に振り向くと、小さな男の子が店主に腕を掴まれていた。怯えた目をしたその子は、震えながら否定もできずにいた。

ファナの心に、かつての自分の姿がよぎる。

——誰かに誤解され、言葉も出せず、ただ怯えていたあの頃。

「待って……っ! その子、そんなことしてない!」

思わず叫んで駆け寄った。

驚いたカイルとレリアがあとから追いつく。

「……おい、どうした」

「カイルおにーさん……この子、何もしてないの。わたし、見てた。パンに手、伸ばしてすらなかった……!」

カイルは、少しだけ目を細め、子供の袖をまくった。

その手には硬貨が握られていた。小さな、小さな銅貨。

「パン……買おうとしただけ……でも、怖くて……」

店主は気まずそうに頭を下げた。

「……すまなかった。てっきり盗ろうとしたのかと……」

レリアが子供の頭を撫で、優しく言う。

「誤解が解けてよかったわ。怖かったわね。でも、ちゃんと謝れるあなたは偉いわよ」

ファナは膝をつき、その子と目線を合わせた。

「……こわくても、逃げないでいてくれて、ありがと」

その言葉は、昔の自分に向けたようでもあった。


その日の夕暮れ、町を離れて森のはずれで野営することになった。

焚き火の火がゆらゆらと揺れ、虫の声が響く中、ファナは手首に巻いた紺色のブレスレットを見つめていた。

「……わたし、ちょっとずつ……変わってるのかな」

ぽつりと漏らした言葉に、レリアが柔らかく応じた。

「ええ。けどね、焦らなくていいのよ。変わるって、時間がかかることだもの」

「……でも今日、あの子を助けようって思えたの、わたし……初めてだった」

そのとき、カイルが火の向こうからぼそりと呟いた。

「変わってねぇよ。もともと、そうだったんだろ」

ファナは、焚き火越しに彼を見た。

まるでそれ以上は語らないというように、彼は干し肉をかじって空を見上げている。

「……おにーさん、昔ここで何かあったの?」

「……ああ。少しな。俺も……昔、信じられるもんが何もなくてよ」

「……今は?」

「……“今は”を考えるようになった。そういう仲間ができたから、だ」

そう言って、彼は火をくべた。

その音は、ぽん、と静かに夜空に跳ねた。


ブレスレットを握る手に、少しだけ力を込める。

ファナはもう一度、願う。

「……みんなが笑っていられますように。わたしも……その中にいられますように」

火があたたかく、彼女のほおを照らした。

旅はまだ続く。

けれど今日の夜、ファナの心には確かな希望の灯が宿っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ