第三十三章:仮面の奥の素顔
戦いの余波が空気に残る森の奥。
剣を構えたまま、カイルは仮面の男を鋭く睨みつけていた。
すでに一人、二人と男たちが倒れている。
カイルの剣筋は鋭く、隙がない。仮面の男は、それでも動かず、ただ静かに戦況を見つめていた。
ファナの背後にいるレリアは、彼女の肩を支えながら、目の前の異様な男の気配に目を細めた。
「お前……どうしてファナの名前を知ってる。帝国とどう繋がっている」
カイルの問いに、仮面の男は芝居がかった仕草で首を傾けた。
「名は力を持つ……とは、よく言ったものですね。名を知るということは、相手を知るということ。
あなた方が彼女をどれほど大切に思っていようと、我々の調査はそれを超える」
「ふざけるな」
カイルの目が細くなる。
仮面の男は、ようやく自らの仮面に手をかけた。
「ふざけてなどいませんよ。ただ、使命に忠実なだけです」
そして、カチリと音を立てて仮面が外された。
現れたのは、若くもなく、老いてもいない、中庸な印象の男だった。
切れ長の目と痩けた頬、端正ではあるが、何かしら感情の希薄な印象を与える顔立ち。
「……あなたは……」
レリアが目を見開いた。
ファナも、見覚えのないその顔に首をかしげるが、
すぐに何か、遠い記憶に触れるような違和感を覚えた。
「私の名はザイロ・フェルドナー。元帝国情報局《第五分局》所属……今は、消された存在です」
「消された?」
カイルが警戒を強める。
「ええ。私はかつて、ラゼンの森を監視する任にありました。
帝国が“森の力”を本格的に手中に収めようとしたとき、
私は内部の不正を暴こうとし……見事に粛清されました」
「じゃあ、今は何のためにファナを……」
「見失った“証”を、回収するためです。
彼女は帝国にとって、失われた『森の記憶』の象徴。
だからこそ、私は確認したい。彼女が“誰か”に操られていないのか、自らの意思で逃げているのか」
「そんなの、本人を見て分からないの?」
レリアが声を荒げる。
「私は信じたいと思っている。
……だが、過去に多くを失い、裏切られてきた。だからこそ、確認が必要だった」
ファナは、恐怖と混乱の中で、それでもまっすぐにザイロを見つめた。
「……じゃあ、わたしにどうしろって言うの……?」
「逃げてもいい。だが、その記憶を、誰かに渡さないでほしい。それだけだ」
「記憶……?」
「あなたの血と心には、ラゼンの森の根が宿っている。
あなたが見る夢は、その断片だ。帝国はそれを“統御の鍵”と呼んでいた」
その言葉に、ファナは震えた。カイルとレリアも同時に息を呑む。
「私は、あなたを追いはしない。
これ以上、戦うつもりもない。
ただ、もしまた私と出会ったとき……その時は、選んでほしい。記憶を誰に託すのかを」
そう言うと、ザイロは地面に落ちた仮面を拾い上げ、後ろの部下に退却の合図を出した。
「カイル・ベレク。あなたの剣は実に見事だった。……その剣で、どうか彼女を守り続けてください」
森の静寂の中、ザイロたちは音もなく姿を消していった。
残された三人。沈黙の中、ファナの肩が小さく震えていた。
「……あたし……」
「ファナ……」
レリアがそっと寄り添う。
「大丈夫だ、誰にも渡させない」
カイルの声は低く、だが力強かった。
ファナはゆっくりと目を閉じ、ひとつ、深く息をついた。
「うん……ありがとう……」
その声は、弱さではなく、確かな決意を宿していた。




