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銀髪の猫はなにを願う  作者: 熊猫
第一部

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第三十章:街の風、安息の匂い

挿絵(By みてみん)

森を抜け、いくつもの小道を越えた先に、その街はあった。

まだ陽が高いうちだったが、旅路に疲れた三人にとって、

石畳の通りと木造の屋根が並ぶその風景は、どこか夢の中のようにも思えた。

「……街だ」

カイルが足を止めてそう呟くと、後ろを歩くファナとレリアも視線を上げた。

街の周囲には簡素な柵が巡らされ、小規模ながら門番もいる。

防衛というよりも、通行の確認程度といった雰囲気だった。

「……人が、たくさん」

ファナがぽつりと呟いた。

彼女はローブのフードを深くかぶり、耳を隠していた。

尻尾も布の中に巻き込んでおり、少し不自然ではあったが、遠目には人間の旅人に見える。

レリアが優しく言う。

「大丈夫よ、ファナ。今は目立たない格好してるし、私たちが一緒にいる」

ファナは小さく頷いたが、その肩は緊張でこわばっている。

カイルは二人を振り返り、無造作に言った。

「……ファナがいいなら、少し休んでいくか? 無理をして道中倒れたら元も子もねぇ」

ファナはきょとんと目を瞬いた。

「……休んで、いいの……?」

「当たり前だろ。お前、ゴブリンどもに服を破かれてボロボロじゃねぇか。まずは宿を取って、風呂に入って、美味い飯でも食って、ゆっくり休め」

「買い物もしましょう」

レリアが微笑む。

「ファナの服、ちゃんとしたのを用意しなきゃね」

ファナはふと、破れかけた袖に視線を落とした。

泥がつき、あちこち裂けたローブは見るからに旅の過酷さを物語っていた。

「……うん。ありがとう」

その言葉に、カイルもレリアも微かに笑みを浮かべた。


街の門をくぐると、商人たちの掛け声、馬の蹄の音、

パンを焼く香ばしい匂いが一気に押し寄せてきた。

ファナはあまりの賑わいに少し気圧され、ローブの中で縮こまるようにして歩いた。

だが、すぐ隣で歩幅を合わせるカイルの背中と、優しく手を取るレリアの存在が、不思議と安心感を与えてくれた。

宿はすぐに見つかった。通りから一本入った裏路地の、木造二階建ての古びた建物。

だが中は清潔で、何より湯が使えるという点が決め手だった。

「三人分、頼む」

カイルが簡潔に宿主に告げ、鍵を受け取る。

最初、カイルは二部屋を取ろうとした。一部屋は彼自身用、もう一部屋はレリアとファナのためだった。

「……俺はこっち。お前たちは隣の部屋を使え」

そう言って鍵を渡そうとしたとき、ファナが口を開いた。

「……三人一緒がいい……カイルおにーさんと、離れたくない」

その言葉に、カイルもレリアも少し驚いた表情を浮かべた。

「……そ、そうね。じゃあ、三人で一部屋にしましょう」


結局、三人は同じ部屋に落ち着いた。

二階の小さな部屋に荷物を置くと、レリアが嬉しそうに声をあげた。

「さ、久しぶりに湯に浸かりましょう!」

ファナは少し戸惑ったように頷いたが、内心では心が沸き立っていた。

長い旅路、まともに身体を洗える機会などなかった。

湯に浸かると、思わず「ふう……」と声が漏れる。

「気持ちいいわね、ファナ」

「……うん。すごく」

少しだけ、表情が柔らかくなる。

湯上がりには、用意された宿の食事が待っていた。温かいスープに、焼きたてのパンと香草入りのチキン。

簡素だが、旅の疲れにはこれ以上ない贅沢だった。

ファナは最初こそ遠慮がちだったが、レリアが勧めるたびに口に運び、気づけばすっかり食べ終えていた。

「よく食べたな」

カイルが感心したように言うと、ファナは少し恥ずかしそうに目を伏せて頷いた。

「……美味しかった」

「明日は市場にでも行こうか。お前に似合う服を見つけてやる」

「えっ……」

思わぬ言葉にファナが目を丸くする。

「動きやすくて、破れにくいやつを選んでやるよ。……あと、尻尾も隠しやすいやつな」

カイルの照れ隠しのような口調に、レリアがくすくすと笑った。

「カイル、案外優しいのね」

「うるせぇ」

そのやり取りに、ファナは思わず小さく笑った。

翌日、三人は市場へ出かけ、ファナの服を見繕った。

さまざまな布地と装飾、色とりどりの服を前に、レリアは「これなんてどう?」と目を輝かせ、カイルも「こっちは動きやすそうだな」と選んでいく。

ファナは最初こそ戸惑っていたが、徐々に目を輝かせ、自然と微笑みがこぼれていた。

「よし、次は食料と水だな」

とカイルが言うと、レリアがそれを制した。

「まだよ。忘れちゃだめ、ファナの下着も買わなきゃ」

「……下着ってなに?」

ファナの素朴な疑問に、カイルが「……まじか」と呟き、レリアが小さく笑う。

「そっか……ファナの種族には、そういう習慣がないのね。大丈夫、教えてあげるわ」

レリアとファナは女性用衣料品の店へと向かい、カイルは一人で食料と水の調達に向かった。

カイルは先に用事を済ませて宿へ戻り、荷を整理しながら二人の帰りを待った。

時が経ち、空はすっかり薄暗くなっていた。

ようやく扉が開き、袋を抱えたレリアと、恥ずかしそうに顔を赤らめたファナが帰ってくる。

「遅かったな。昼過ぎに別れたのに、もう夕方だぞ」

「ちょっとね、いろいろ試着したり、説明したり……」

「……つ、疲れた……」

ファナの呟きに、三人で笑い合う。

その夜、夕食を終えて部屋に戻った三人は、荷物を整理しながら明日の準備を整えた。

カイルがぽつりと呟く。

「この街を出るのは、明日の朝一だな……」

―そして夜が明けた。


まどろみの中で目を開けると、ファナの顔を覗き込むレリアとカイルの姿があった。

「ふふ、また笑ってたわよ」

「ほんとだ、夢でも見てたか?」

ファナはぼんやりとしながら、頷く。

「……あのね。夢を見たの。いつもの……追われたり、燃える森じゃなくて……」

「どんな夢?」

「……あったかい家の中で……三人で、食事してて……笑ってて……そんな夢だったの」

レリアは優しく微笑み、そっとファナを抱きしめた。

「良かった……本当に、良かったわ……」

カイルも口元をほぐして、ファナの頭をやさしく撫でる。

「悪くない夢だな」

三人は簡単な朝食を取り、出発の準備を整える。

ファナは再びローブをまとい、フードを深く被って耳を隠し、尻尾も丁寧に隠した。

「じゃ、行くか」

「うん……」

朝の光の中、三人は再び旅路へと歩き出した。

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